ここまで「波力」「潮汐」「潮流」「海流」などの海洋の諸現象からエネルギーを取り出す話をしてきました。これらは海洋に蓄えられた「力学的エネルギー」を「電気エネルギー」に変換するというものでした。今回は海洋に蓄えられたエネルギーを取り出すことは同じですが、力学的エネルギーではなくて「熱エネルギー」です。その名も「海洋温度差発電(Ocean Thermal Energy Conversion)」この英語の頭文字をとって OTEC と呼ぶこともあります。2021 年に「国際エネルギー機関海洋エネルギー実施委員会(IEA-OES)」から、”WHITE PAPER OCEAN THERMAL ENERGY CONVERSION OTEC” という報告書が発表されていますので、この中身にも触れながら、この技術について調べてみたいと思います。
海洋温度差発電の原理
「第1章海洋についての基礎 1.4 その他の海の諸相」の中で海水の温度差の話をしました。海洋は太陽エネルギーによって表面から温められるため海水の温度は表面が最も高く、600 m 以深では水温は 1~ 10 ℃とほぼ一定です。この海洋の表層部と深層部の温度差(熱エネルギー差)を利用して発電するというのが「海洋温度差発電」です。海に降り注いだ太陽エネルギーを熱を介して電気エネルギーに変換しようというわけです。
では、どのようにして発電しているのでしょうか? その概念を示したのが、図 9-1-1です。さて、この図、どこかで見たことがありませんか? 赤でランキンサイクルと書いています。実は、同じような図を「第3章エネルギーの基礎 3.5 火力発電技術と効率」で説明しているのです。図 3.17 のランキンサイクルの説明図です。ランキンサイクルは蒸気を媒体に用いた発電機(つまり汽力発電)の熱サイクルです。つまり、海洋温度差発電と汽力発電は原理が同じなのです。
図 9-1-1 には番号が振ってあるので、順に見ていきましょう。1 の状態の液体がポンプに入り、蒸発器に送られます。この蒸発器には海の浅い部分から採った温度の高い海水が導入されており、その熱 \(Q\) で液体を 3 の状態まで温めます。この温められた液体がタービンに入り、体積膨張(圧力低下)して蒸気 4 となり凝縮器に送られ、深層の冷たい海水で冷やされて液体 1 に戻るというサイクルです。この海洋の浅層と深度 1000 m の深層の温度差ですが、赤道付近では 24 ℃ ほどです。海水そのものでランキンサイクルを作動させることもできる(オープンサイクル)のですが、余り効率がよくないので、多くの場合、上で液体と呼んだ「作動流体」にアンモニアなどの低沸点媒体を使ったクローズドサイクルが採用されています。この方法は温度差が小さな時の温度差発電の場合に一般的に用いられる手法で、地熱発電などでも使用されています。地熱発電ではこれを「バイナリー発電」と呼んでいます。
海洋温度差発電のポテンシャル
浅層と深層 1000 m の海水の温度差の分布を示したのが図 9-1-2 です。海洋温度差発電が有効となる温度差は 20 ℃といわれています。図の黄緑色より赤い場所が候補となる海域です。日本の場合、沖縄付近の海域が候補地となります。
さて、海洋温度差発電のポテンシャルがつぎの様に計算されています。
世界全体
- 30,000 ~ 90,000 TWh / yr (108 ~ 324 EJ / yr) <Charlier and Justus, 1993>
- 44,000 TWh / yr (159 EJ / yr) <Nihous, 2007>
- 最大 88,000 TWh / yr (318 EJ / yr) <Pelc and Fujita, 2002>
日本 EEZ内<NEDO,2010>
- 温度差 20 ℃ 以上、離岸距離制限なし:1,368 TWh / yr
- 温度差 20 ℃ 以上、浮体・離岸距離 ≦ 30 km:47 TWh / yr
- 温度差 20 ℃ 以上、沿岸固定・離岸距離 ≦ 30 km:15 TWh / yr
面積が大きいこともありますが、とても大きな数字です。これらをどのように求めているかを示すのが、(1) 式です。
$$\overline{P}=\frac{C_p \cdot \rho \cdot h \cdot \Delta T \cdot S}{\Delta s} \tag{1}$$
ここで、 \(C_p\) は海水の低圧比熱(=4.186×103 J/kg/K)、\(\rho\) は海水の密度(=1024.78 kg/m3)、\(h\) は利用可能な表層の厚さ(=100 m)、 \(\Delta T\) は海水の温度差(K、℃)、 \(S\) は表面積、 \(\Delta s\) は海水循環時間(=1000 年)です。つまり、表層から 100 m の深さまでの海水について、深層との熱容量差を計算したものですが、この海水循環時間というのが分かりにくいですね。これは深層の冷水層が 1000 年で入れ替わると仮定した時間で、これで熱容量を割ることによって年間に獲得できる最大のエネルギー量としたものです。このように、ポテンシャルは熱容量ですのでとても大きな数字となっています。問題はそのエネルギーを効率よく取り出せるかです。
海洋温度差発電の効率、発電出力
海洋温度差発電でどのくらいのエネルギーが電気として取り出せるでしょうか? 熱サイクルが行う仕事 \(W\) と、入熱 \(Q_1\) との間には、「第3章エネルギーの基礎 3.2 エネルギーの散逸と熱効率・エクセルギー」で見たように(2)式の関係があります。第3章の \(Q_1\) は図 9-1-1 の \(Q\) のことです。\(\eta\) は熱サイクルの理論効率です。
$$ W=\eta Q_1 \tag{2}$$
ランキンサイクルの理論効率は(3)式で表されます。\(h\) はそれぞれの状態のエンタルピーです(式の導出は「第3章エネルギーの基礎 3.5 火力発電技術と効率」をご覧ください。)
$$\eta_R=\frac{h_3-h_4}{h_3-h_1} \tag{3}$$
しかしこの計算、エンタルピーを使うのでちょっと厄介です。そこで、より理想的な熱サイクルであるカルノーサイクルで計算してみましょう。ランキンサイクルの理論効率はより理想的なカルノーサイクルの理論効率より小さくなります。さて、カルノーサイクルでは高温熱源の温度を \(T\)、環境温度を \(T_0\) とすれば、理論効率 \(\eta\) は(4)式のように表現できます。海洋温度差発電では \(T\) が浅層の海水温度、 \(T_0\) が深層の海水温度にあたります。
$$ \eta=1-\frac{T_0}{T} \tag{4}$$
表層の海水温を 26.9 ℃、深層の海水温を 5 ℃ として、理論効率を計算してみましょう。この温度 T は絶対温度です。摂氏 1 ℃ は 273.15 K ですから、
$$ \eta=1-\frac{278.15K}{300.05K} =1-0.927=0.073=7.3 \% \tag{5}$$
ちなみに、作動媒体がアンモニアの場合、ランキンサイクルの式で計算した理論熱効率は 7.1 % となります。
通常の火力発電の場合の理論効率はどの程度でしょうか? ボイラーから出た蒸気温度を 1000℃、環境温度を 15 ℃ とすると、同じくカルノーサイクルで計算した理論効率は
$$ \eta=1-\frac{288.15K}{1273.15K} =1-0.226=0.774=77.4 \% \tag{6}$$
です。効率が全く違いますね。このように温度差が小さいと効率が極めて低くなってしまいます。再生可能エネルギーでエネルギーは無尽蔵なのだから、効率なんか関係ないのではと考えがちですが、そんなことはありません。効率が低いので大きな出力を得るためには、たくさんの海水を汲み上げなければなりません。つまり大きな装置が必要となるので、とてもコストが高くなるのです。
さて、いま議論は熱サイクルの理論効率 \(\eta_{cycle}\)です。発電の効率 \(\eta_{overall}\)は熱サイクルの効率に(7)式のようにタービン効率 \(\eta_T\) や発電機効率 \(\eta_G \) を掛け合わせたものになります。
$$ \eta_{overall}=\eta_{cycle} \cdot \eta_T \cdot \eta_G \tag{7} $$
さて、いよいよ海洋温度差発電の出力の話になります。表層の海水から単位時間あたりに得る熱量を \(Q\) とすると、海洋温度差発電の出力 \(P_G\)は(8)式のように表せます。
$$ P_G=\eta_{overall} \cdot Q \tag{8} $$
次に問題となるのがこの熱量 Q です。温かい海水からシステムに取り入れる単位時間当たりの熱量で、蒸発器が熱交換器として働いていることから「交換熱量」と呼ばれています。この値は熱交換器の特性(伝熱面積など)や海水・作動流体の温度・熱伝達係数などの影響を受け、伝熱面積が大きいほど、海水・作動流体の温度差が大きいほど大きくなります。詳しくは化学工学の教科書の伝熱のところをご覧ください。
(8)式が発電機で発電される出力ですが、図 9-1-1 には作動流体を循環させるポンプがあります。また図には描いていませんが、深層・浅層から海水を汲み上げるポンプも必要です。これらのポンプによって電気が消費されます。従って、(9)式のように、ポンプの消費電力を差し引いた \(P_N\) が正味の発電出力となります。
$$ P_N=P_G \cdot (P_{ws}+P_{cs}+P_{wf}) \tag{9}$$
ここで、\(P_{ws}\) は表層水汲み上げポンプ、\(P_{cs}\) は深層水汲み上げポンプ、\(P_{wf}\) は作業流体ポンプの消費電力です。海洋温度差発電では発電出力がこれらのポンプの消費電力より十分に大きいことが求められます。では、実際にどうなのか? これについては次回、テストプラントの結果のところで見ていくことにしましょう。