第8章 潮汐・潮流・海流発電 8.5海流発電

 

 最後に「海流発電」について調べていきます。海流発電は世界的にはほとんど検討されていません。潮流に比べ流速が小さいことや、多くの場合、沖合の深度が深いところを流れていることが、開発が進まない理由かと思われます。では、日本の場合はどうか? 黒潮を中心に日本の海流発電開発の状況について調べていきましょう。

黒潮について

 日本周辺の海流の代表的なものが「黒潮」です。黒潮は台湾の東部から東シナ海を北上し、九州と奄美大島の間のトカラ海峡から太平洋に入って、日本の南岸に沿って房総半島まで流れる海流です。独立行政法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の数値海洋モデル JCOPE2 を用いて、水面下 5 m における流速データから 5 年間の平均流速値を求めたものが公開されていますが、それによれば、平均流速は 0.5 ~ 2.5 m/s で、図 8-5-1 のような分布をしており、海流発電で有効とされる平均流速が 1 m / s より大きな場所は、四国から紀伊半島にかけてと、沖縄と奄美大島西方の東シナ海となります。

図 8-5-1 黒潮と流速 1 m / s 以上の海域

 なお、黒潮は紀伊半島から東海沖で大きく離岸する大蛇行を繰り返していることが知られています(図 8-5-2)。直近では 2017 年から続いていますが、沖縄・奄美大島西方での動きは小さいようです。

図 8-5-2 黒潮の大蛇行

日本での海流エネルギーのポテンシャルと発電ポテンシャル

海流のパワー

 海流の持つパワーはに、面積を \(A\)、流体の速度を \(u\)、流体の密度を \(\rho\) とすると、潮流と同じ(13)式で表されます。

$$ P=1/2 ρAu^3 \tag{13}$$

黒潮のデータは下記の通りです。

  • 流量:3,000 ~ 5,000 万 m3 / s 
  • 流速:1 ~ 5 ノット (0.5 ~ 2.5 m / s)
  • 流路幅:場所によって異なるが、強い流れは幅 100 km にもおよぶ
  • 水深:1000 m 付近までおよぶ

たとえば、(13) 式に流速 \(u\) 1 m / s、流路幅 100 km、水深 1000 m なので面積 \(A\) 100 km2、密度 \(\rho\) 1023 kg / m3 を代入してみましょう。答えは 51.15 GW で、この場合の黒潮のパワーは約 51 GWということになります。山田らは紀伊半島南端から南へ 200 km 沖合までの断面(黒潮断面)と、津軽海峡大間崎から北海道までの断面(津軽海峡断面)における賦存量を 205 GW と計算しています。また、流速 1 m / s 以上の場所に絞った導入ポテンシャルを離岸距離 30 km 内での沖合固定で 1 GW、離岸距離 100 km 内の沖合係留で 4 GWと見積もっています。(13) 式から流速 1 m / s として逆算すると、対象となる断面積はそれぞれ、2 km2、7.8 kmと計算されます。

 海流のパワーに効率 \(\eta\) を掛ければ、(14) 式のように海流発電の出力が計算されます。\(\eta\) は 0.3 ~ 0.4 の値となります。

$$P[W]=1/2 ηρAu^3 \tag{14}$$

 NEDO によれば、日本の海流発電の発電ポテンシャルは 1,276 MW と報告されています。これは海流エネルギーの導入ポテンシャル 4 GW に 0.3 を掛けた数字に相当します。また、発電電力量は 10 TWh /年と報告されています。これは日本の 2018 年度の発電電力量 1,171 TWh の約 1 % で、ポテンシャルはそれほど大きくはありませんが、設備利用率は 90 %と高く、ベース電源として使えることが魅力です(なお、つぎに説明する IHI のレポートでは設備利用率は 50 ~ 70 % となっています。)

日本における海流発電の開発状況

 では、開発状況はどうでしょうか? 図 8-5-3 は平成 31 年度の経済産業省の概算要求資料ですが、この中に IHI の「水中浮遊式海流発電」があります。○で囲んだ部分には、「平成 31 年度の夏までには実証機を実海域へ設置。1 年以上の長期実証試験を開始する予定。なお、発電した電力は系統連携し、口之島へ供給する予定」との記述が見えます。口之島の位置も示されています。黒潮が九州南部で折れ曲がる場所に位置しています。では、もう少し詳しく調べていきましょう。

図 8-5-3 海洋エネルギー発電技術の早期実用化に向けた研究開発事業
出典;経産省に追記

 IHI の「水中浮遊式海流発電」の概要を図 8-5-4 に示します。「海竜」と名付けられた海流発電装置を海底に設置したアンカーを使って係留します。海流を受けて、海面から約 50 m 下の海中を浮遊させます。発電装置に 2 基のタービンがついていますが、これらは互いに逆方向に回転するので、タービンの回転トルクが相殺され、海中で安定した姿勢保持が可能だといいます。また、この方式だと大水深域でも設置が可能で、船舶航行に支障を及ぼさず、波浪の影響も受けず、 浮力を調整することで海上に浮上させ、メンテナンスや修理を容易に実施可能だという利点があるとのことです。潮流発電のところで出てきた「カイト方式」とよく似ています。

図 8-5-4 IHIの水中浮遊式海流発電実証試験
出典:IHI https://www.ihi.co.jp/ihi/all_news/2017/technology/1190413_1639.html

実証試験の概要は次の通りです。

  • 設置場所:鹿児島県十島村口之島 離岸距離 5 km、水深約 100 m
  • 期間:2017 年度に実証試験
  • 定格出力:100 kW(50 kW×2 台、流速 1.5 m/s)
  • 発電出力:曳航試験で 100 kW、設置で約 30 kW

詳細は下記をご覧下さい。

https://www.nedo.go.jp/content/100881511.pdf

 さらに 2019 年秋から実海域で 1 年以上の長期実証試験を実施しています。

お探しのページが見つかりません | 株式会社IHI
IHIグループのお探しのページが見つかりませんについてご紹介します。

 その長期実証試験の結果がどうだったのかが気になるところです。この試験は NEDO の「海洋エネルギー発電実証等研究開発」の中で実施されています。これで検索すると、プロジェクトの事業原簿や事後評価の結果が出てきました。

https://www.nedo.go.jp/content/100949094.pdf

https://www.nedo.go.jp/content/100949093.pdf

 プロジェクトの目標としては、「長期実証試験を実海域で実施し、その結果に基づき、離島用電源として十分な経済性(発電コスト 40 円 / kWh)、施工・メンテナンス性・耐久性(20 年以上の見通し)を備え、実用レベルに達していることを示す」となっています。この事業は、台風やコロナ禍の影響を受け、1 年延長され、2021 年度に終了しています。事後評価や事業原簿には台風・コロナという悪環境下での苦労がにじみ出ています。海底にアンカーを打って係留するという当初の計画から、作業台船とシンカーで繋ぎ水中を浮遊させるという方式に変更されています。これだと「浮体式」ですね。浮体式は深度の大きな場所でも使用できることから、海流発電設備に向いているのではないかと思います。成果の項には「実証試験を実海域で実施し、長期海況データ及び実証試験機のパワーカーブを取得した。実証試験機の施工・メンテナンス性・耐久性の検証を行い、経済的に有効な工法とコストの把握、設計通りの耐久性を有することを確認した。これらの結果を基に、発電コストを試算し、40 円/ kWh を達成するために必要な課題及び課題解決の方針を取りまとめた」と書かれています。40 円 / kWh というコストには到達出来なかった模様です。

潮流発電と海流発電の比較

 最後に潮流発電と海流発電を比較してみました(図 8-5-5)。どちらの技術も予測性がありますが、定常性という点では海流が上です。規模も海流の方が大きいですが、陸から離れている、水深が大きいなどアクセス性が悪いという問題があります。また、海流は流速が潮流に比べて小さいため、同じ出力を得るにはより大きな装置が必要でコスト的には不利です。

図 8-5-5 潮流発電と海流発電の比較

 海流発電では、これらに加えて考えておくべき問題があります。それは環境影響の問題です。熱や魚などが「流れ」に乗って移動していきますが、海流ではその程度が潮流より遙かに大きく、地球環境や私たちのくらしに大きな影響を与えています。ここで、「流れ」を利用して発電するといことは、風力発電なども同じですが、流れのエネルギーが消費されるので「流れ」が小さくなります。発電量が小さなうちは、そんなに問題は起こらないでしょうが、量が大きくなると「流れ」に影響するようになり、本来「流れ」が地球環境に及ぼしていた作用が変化します。この環境への影響を十分に把握し、問題の起こらない範囲で進めて行くことがとても重要です。

(更新 2022/10/27)

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