第1章海洋についての基礎 1.4 その他の海の諸相

 

 前回は海流について詳しく述べましたが、今回は それ以外の海の諸相 (波、潮汐、潮流、海水温度差、海水の塩分濃度差、海の生物)について述べます。 これらは、太陽エネルギーや天体の引力が形を変えた海洋エネルギーです。本講座の 5 章から10 章では、これらのエネルギーを海からどうやって取り出すかについて述べますので、詳細はそこで述べることにして、今回はそれぞれの現象について簡単に説明しておきます。

 まず最初はです。海といえば白波が押し寄せる風景が目に浮かびます。波は海の諸相の中で代表的なものです。では、波はどのようにして生まれるのでしょうか?

 海面上に見られる波のほとんどはによって生じます。前回、海流のところで述べたように風が吹くと海面に摩擦力が働きます。風の吹送距離が長くなると海流が生まれますが、そうでない場合には波が生まれます

図1.13 波の生成

 図 1.13 を見て下さい。風によって海面が引きずられて凹凸ができると、上にでた山の部分は重力で沈み、下の谷の部分は浮力で持ち上がりますが、慣性のため元の位置に留まらないで上下運動を繰り返すことになります。この運動は、海水の粘性のために運動エネルギーが熱エネルギーに変わるまで続きます。これが風波(wind wave)です。振動の中心に戻そうとする力を復元力(restoring force)と呼びますが、風波の復元力は重力なので、重力波(gravity wave)の一種です。

 波の各部の名称を図 1.14 にまとめてあります。波の最も高いところを「」、最も低い部分を「」と呼びます。山から谷までの距離を波高(wave height: H)、その半分の海面から山、あるいは谷までの距離を振幅(wave amplitude: A)と呼びます。また、隣り合う山と山、谷と谷の距離が波長(wave length: L)、一つの波が通過するまでの時間が周期 (wave period: T)です。海の波のような空間を一定方向に進む波を進行波(progressive wave)と呼びます。一見、水そのものが進行していくように見えますが、水はその場で円運動をしているだけで進行しているわけではなく、振動が周囲に伝播しているのです。波は水という媒体を介したエネルギー伝達現象なのです。波の伝わる速度が波速(wave velocity, wave celerity: c)で、1.1 式の様に表せます。

$$c=L/T \tag{1.1}$$

図1.14 波の各部の名称

潮汐

 潮汐(tide)は図 1.15 の様に海面の水位(潮位)が約半日の周期でゆっくりと上下に変化する現象で、起潮力を復元力として起こる波です。潮位が上がりきった状態が満潮(high water)、反対に下がりきった状態が干潮(low water)です。起潮力には月・太陽からの引力と地球が月(太陽)との共通重心の周りを回っている遠心力が関係しています。

図1.15 大牟田における潮位表 出典:気象庁

  図 1.16 に示すように、月の引力と遠心力によって海水が盛り上がります。この盛り上がった状態が満潮、逆に海水が少なくなった状態が干潮です。地球は 1 日 1 回自転するので、満潮と干潮は 1 日 2 回ずつ起こることになります。

図1.16  潮汐のメカニズムと大潮・小潮
出典:気象庁ホームページ
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/
tide/knowledge/tide/choseki.html

 また、地球に対して月と太陽が直線上に重なると、月と太陽による起潮力の方向が重なるため、1 日の満潮と干潮の潮位差が大きくなる大潮(spring tide)になります。逆に、月と太陽が直角方向にずれているときは起潮力を打ち消しあって、満干潮の潮位差が最も小さくなる小潮(neap tide)になります。大潮と小潮は、新月から次の新月までの間にほぼ 2 回ずつ現れ、新月と満月の頃が大潮、上弦の月と下弦の月の頃が小潮になります(図 1.15)。

潮流

 潮汐に伴う海水の水平運動が潮流(tidal current)です。海流が一方方向に流れるのに対し、潮流は干潮から満潮に向けての流れ(上げ潮)と干潮から満潮に向けての流れ(下げ潮)では逆向きになります。

海水温度差

 海洋は太陽エネルギーによって表面から温められるため、海水の温度は表面が最も高くなります。また、前回述べたように、太陽放射の大きな赤道付近の表面水温は、太陽放射の小さな極付近より高くなります。さらに中緯度では、夏は温かく冬は冷たいという様な季節変動があります。しかし、深度が大きくなるとこれらの変動は小さくなり、600 m 以深では水温は 5 ~ 1 ℃とほぼ一定です。

図1.17 熱帯、中緯度、極地方での海水温の鉛直分布のイメージ
J. R. Appel “Principles of Ocean Physics” 1987を元に作成

 図 1.17 に海水温の鉛直分布の例を示します。表層では深さ方向の水温変化が小さいですね。 これは海面を吹く風によって、海水がかき混ぜられているためです。この水温変化の小さな層を表層混合層(mixed layer)といいます。逆に、深さに対して急激に水温が変化する層が躍層(thermocline)です。図 1.17 の中緯度では、 夏期には 200~400 m に大きな水温勾配が見られますが、冬期には見られません。このような季節によって変わる躍層を季節躍層(seasonal thermocline)、季節によって変わらない躍層を永温永久躍層(permanent thermocline)と呼びます。

塩分濃度差

 海水には 塩化物、臭化物、重炭酸塩、ナトリウム、カリウムをはじめとして約 80 種類の元素が溶け込んでいます。これらの塩類の濃度を塩分(salinity)(海水 1 kg に溶けている塩の質量[g]と定義)で表します。

 前回の図 1.11 で海洋の塩分マップを示しました。塩分は水の蒸発と降水、河川水の流入などによってその大きさが変わりますので、塩分の変動を調べれば海面における降水・蒸発の変化や海洋の循環の強さの変化を知ることができます。この具体例として、気象庁ホームページで、日本の南、東経 137 度線に沿った平均的な水温・塩分分布の模式図を見つけました( 図 1.18)。気象庁では 1967 年から継続してこの領域の海洋観測を続けているのだそうです。ここで水温は等値線で示され、塩分は高いほど赤く、低いほど青くなっています。

図1.18 東経137度線に沿った平均的な水温・塩分の分布
等値線は水温, 色は塩分(高いほど赤く, 低いほど青い)を表す
気象庁ホームページ
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/vessel_obs/
description/sec_expr.html

 熱帯域の表層 (2)(3)が赤くなっています。この付近で海面の蒸発がさかんに起こり、塩分が高くなっていることがわかります。 表面より少し深いところで塩分がもっとも大きくなっていますが、これは蒸発がより盛んな場所でできた塩分の高い海水が流入しているためです。さらに南に行くと降水が盛んになり表層の塩分は低下します。(1)の部分では、 北から南に向けて、水温が急に上昇しています。これは黒潮の流れに対応したものです。一般に、等値線の変化が急なほど強い流れになります。また中緯度域の水深 800 mを中心とした中層(5)に塩分の低い海水がありますが、本州東方で低温低塩分である親潮と黒潮が表層で混合したものが沈みこみ輸送されてきたものとのことです。 このように塩分の分布を調べることで、海洋内部の輸送状態を知ることができるのです。

海の生物

 最後に海にいる生物のことをお話ししましょう。海にいる生物の種の数は約 16 万種で陸上は 100 万種ですので、海の方がずっと少ないのです。生息場所別に種の数をみていくと、海中が 2 %、海底が 98 %となっていて、海底には様々な生物が棲んでいることがわかります。

図1.19 海の生態系

 図 1.19 に海の生態系の様子をまとめました。表層には植物プランクトンが育ちます。植物プランクトンを餌に原生動物、さらにこれを餌に動物プランクトン、そして魚類、哺乳類が育ちます。このような食物連鎖が成立しています。 植物プランクトンは光を受けて CO2 を取り込んで成長します(光合成)。生態学の分野では、生物が CO2 から有機物を生産することを「一次生産(基礎生産ともいう)」と呼びます。光合成には光が必要ですが、海では光が届く距離は深度が 200 m までですから、植物プランクトンは表層にしか生息できません。また、このとき、窒素、リン酸、カリといった栄養塩が必要となります。陸とは違って、海ではl植物プランクトンや魚の死骸等は海底に沈み、そこで分解します。このために、栄養塩が豊富に存在するのは海底なのです。浅場では栄養塩が海底から巻き上げられるので一次生産性が高いですが、水深が大きな外海では栄養塩濃度が低いため生産性が低くなります。つぎの表 1.5 には、このことが明白に示されています。

表1.3 海洋の基礎生産量と魚類生産量

 外洋、沿岸域、湧昇域(下層の海水が湧き上がっている場所)の 3 カ所で、基礎生産量を比較しています。面積当たりの基礎生産量は外洋は沿岸域の半分です。そして、下層から海水が湧き上がる湧昇域の基礎生産量は沿岸域の 3 倍もあるのです。いかに一次生産(基礎生産)にとって、栄養塩が重要かわかると思います。面白いのは魚類の生産量です。外洋は面積が大きいので魚類の生産量は多いですが、面積当たりにすると平方キロメートル当たり 0.005 トンしかありません。これに対して、沿岸域は 3.3トン、湧昇域にいたっては 33 トンもあるのです。海の生態系にとって、一次生産者である植物プランクトンがいかに重要かよくわかると思います。

 さて、図 1.19 にはもうひとつ重要な事が書いてあります。それは、植物プランクトンが光合成によって育ち、そしてその死骸が海底に沈むことで、表層で植物プランクトンに吸収された CO2 が海底に隔離されるという点です。「はじめに」で、「海は大気中に放出された二酸化炭素を吸収し、地球温暖化を緩和する働きもしています」と書きましたが、単に海水に CO2 が溶け込むばかりでなく、植物プランクトンによる CO2 隔離も大きな働きをしているのです。

(更新:2020/08/25)

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