第2章海洋と気候変動 2.8 排出抑制のために

 これまで、地球温暖化の現状、将来予測、ならびに温暖化の影響について調べてきました。また、人為起源の温室効果ガス濃度の増加が温暖化の主因であり、中でも CO2 排出量の増加が問題であることも述べました。地球温暖化に基づく気候変動に対処するには 2 つのアプローチがあります。一つは温暖化の原因となる温室効果ガスの排出量を削減することによって温暖化の進行を抑制しようというものです。これを緩和(mitigation)と呼びます。もう一つは、例えば海水面の上昇に対して堤防を高くするなど、人や社会、経済のシステムを調節することで気候変動の影響を軽減しようというもので、これを適応(adaptation)と呼びます。気候変動対策としてはどちらも必要不可欠と位置づけられていますが、この講座では主に緩和について取り上げます。それでは地球温暖化緩和のカギとなる CO2 排出量をどのようにして抑制していけばいいのでしょうか? 今回はこの問題にについて考えてみましょう。

CO2 排出削減と茅恒等式

 CO2 排出量を抑制する方法を検討するためには、CO2 排出量に影響する要因を知る必要があります。図 2.14 はCO2 排出量を四つの要因に分解した例です。各項目を掛け合わせるとCO2 排出量となるようになっています。この式は東京大学名誉教授(現公益財団法人地球環境産業技術研究機構理事長)の茅陽一先生が提示し、茅恒等式 として世界的に知られている式で IPCC の第 5 次評価報告書でも使われています。

図2.14 茅恒等式
出典:経済産業省資源エネルギー庁
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/
johoteikyo/lifecycle_co2.html

 もう少し細かく見ていきましょう。①はエネルギー消費当たりの CO2 排出量で、炭素強度(carbon intensity)あるいは炭素集約率、炭素原単位、炭素含有量などとも呼ばれているものです。炭素を含有する燃料をどのくらいエネルギーとして使用したかの指標となり、原子力や再生可能エネルギーは炭素を含まないので、発電時にはこの値はゼロとなります。②は経済活動のエネルギ-効率で、エネルギー強度(energy intensity)あるいは、エネルギー原単位などとも呼ばれており、省エネの程度を表すものです。③は人口一人当たりの経済水準(GDP)経済的な豊かさの尺度となります。そして、最後の④は人口です。

 4つの因子のうちで、人口や経済水準は制御しにくい因子ですから、制御する必要があるのは①と②の因子です。すなわち、エネルギー効率を上げて省エネルギーを目指すありかたとエネルギーの脱炭素化を目指すあり方です

要因別 CO2 排出量の現状

 では、茅恒等式の考え方を使って、日本と世界の現状を比較してみましょう。分析に利用したデータはすべて2018年のもので、以下を利用しています。

 茅恒等式の①と②を掛け合わせると、 CO2 排出量/GDPとなります。国別にこの値を③の人口一人当たりのGDPに対してプロットしたのが図 2.15 です。ブラジルを除くと、二つのグループが存在していることが分かります。一つは、一人当たりのGDPが大きく、かつGDP 当たりの CO2 排出量が低いグループで、ここには日本を含む先進国が並んでいます。もう一つが一人当たりのGDPが低く、かつGDP 当たりの CO2 排出量がかなり大きなグループで、ここには中国、インドなどの開発途上国が並んでいます。途上国は今後の経済成長に伴い CO2 の排出量が増加していきますから、今後、GDP 当たりの CO2 排出量をいかに削減するかが課題です。さらに、コラム 2.2 に示すように、先進国も大幅な排出量の削減が求められています。

図2.15 一人当たりのGDP対GDP当たりのCO2排出量
USDは米ドル

 では、CO2 排出量/GDPを①と②の2つの要因に分解してみましょう。図 2.16炭素強度エネルギー強度に対してプロットしたものです。ここに出てくるTOEは tonne of oil equivalent(石油換算トン) の略で、1トンの原油を燃焼させたときに得られるエネルギーです。1 TOE=41.87 GJ = 10.0 Gcal = 11.63 MWh となります。まず、横軸のエネルギー強度を見ていきましょう。国によってかなり差が表れています。日本は英国、ドイツ、フランスなどと並んで、省エネの進んだ国であることが見て取れます。一方の炭素強度ではどうでしょうか? こちらは原子力発電の割合が多いフランスや水力発電やバイオマス利用率が高いブラジルが低いですが、東関東大震災以降、原子力発電の比率が下がり、主として火力発電に頼っている日本は高い値になっています。

 図 2.14 を見れば、今後の CO2 排出削減で主に取り組むべき手法は国によって異なることが分かります。エネルギー強度の高い国では、まず省エネを中心に進めるべきでしょう。一方、炭素強度の高い日本などの国では、炭素強度を小さくする脱炭素化の方向に重点をおくべきだという事になります。省エネを実施すれば必ず利益が生まれますが、脱炭素化はそうではありません。ですから、脱炭素化の推進は自由競争に任せると進みません。これを進めるには政策上の工夫が相当必要になってきます。

図2.16 エネルギー強度と炭素強度
MUSDは百万米ドル

 上記の議論でひとつ注意しておくべき点があります。それは、CO2 排出量/GDPやエネルギー強度はその国の産業構造の影響を受けていることです。例えば、製造業の比率が大きな国ではエネルギーの消費量や CO2 排出量が大きくなり、小さな国では、これらの数値が小さくなるのです。今、世界はグローバル化していて、国の範囲内では製造と消費が一致しません。この様な観点から正当な比較を行うためには、消費ベースの CO2 排出量を考えていく必要があるでしょう。

第2章の参考文献

  • IPCC「気候変動 2014 統合報告書 政策決定者向け要約」政府翻訳版
  • IPCC「気候変動 2014 統合報告書 本文」政府翻訳版
  • IPCC「気候変動 2013 自然科学的根拠 政策決定者向け要約」政府翻訳版
  • IPCC「気候変動2014 – 影響・適応・脆弱性 政策決定者向け要約」政府翻訳版
  • IPCC「気候変動2014 – 気候変動の緩和」政府翻訳版
  • IPCC「変化する気候下での海洋・雪氷圏に関する IPCC 特別報告書 政策決定者向け要約(SPM)の概要」政府翻訳版
  • 環境省「IPCC Report Communicator ガイドブック」統合報告書 基礎知識編
  • 同 WG1 基礎知識編
  • 同 WG2 基礎知識編
  • 同 WG3 基礎知識編

(更新 2021/01/27)

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