各論の最後の章になりました。ここでは CO2を回収して地下へ貯留し、大気から隔離してしまうという「CO2 回収・貯留(CCS)」について勉強します。また、回収した CO2 を利用する「CCU]、ネガティブエミッション技術である「BECCS」や「DAC」は直接、この講座のテーマと関係しないでですが、13.4 で簡単にまとめておきたいと思います。まずは、「CCS とはどんな技術なのか?」と「CCS の意義」について調べていきましょう。
CCSはどんな技術なのか?
これまでこの講座で取り扱ってきたのは「海洋から何かを取り出す技術」でした。太陽エネルギー・引力がもたらす海中に存在する物理エネルギーを取り出す(波力、潮汐、潮流、海流、OTEC)、海上に存在する物理エネルギーを取り出す(洋上風力)、海中に存在する資源・化学エネルギーを取り出す(バイオマス)、海底下に存在する資源を取り出す(石油・天然ガス・メタンハイドレート、鉱物資源)という具合です。今回の CCS は全く逆です。「海洋に CO2 を貯える」です。化石エネルギーを使用する際に発生する CO2を地下へ注入して貯える技術、それが「CO2 回収・貯留」です。英語では “Carbon dioxide Capture and Storage” ですから、頭文字をとって「CCS」といいます。
CCS とはどんな技術なのか? この TriEN+ の「CCS と CCU」(この項目あまり充実していません。今後、いろいろ加えていく予定です)の中の「CCS とは何か?」に説明してあります。ここでは要点だけを書いておきましょう。
- 集中排出源(大規模排出源)から CO2を回収し、輸送し、地下に圧入して貯留する技術
- 海底下に限定されない。陸域:onshore CCS、海域:offshore CCS
- 既存技術を組み合わせた実用的な技術(CO2回収技術:肥料生産工場等で既に実用化、地中貯留技術:石油増進回収(EOR)等で実用化)
- 課題:CO2を低コストで分離し、長期に亘って安全に安定して隔離し続けること。
- CCSは、「化石エネルギーを使用する時の脱炭素技術」として重要
まず、1ですが、CCS は発電所や工場などで集中的に排出される CO2 を対象としています。ですから、車や事務所・家庭などから排出される CO2は対象外ですし、もちろん、大気中の CO2 も対象外で、これを回収しようというのが、13.4 で説明する「DAC(Direct Air Captuer)」です。
CCS の構成を図 13-1-1 に示しました。分離・回収技術については、つぎの 13.2 で説明します。回収した CO2 は最終的には地下に貯留されるのですが、貯留場所までの輸送が必要です。輸送にはパイプラインや船が使われます。そして、圧入・貯留となるわけですが、圧入場所は 2 にあるように海域の地下に限らず、陸域の地下も使われます。海域はコストがかかるため、世界全体では陸域貯留の方が多いです。3ですが、これらの工程のそれぞれの技術は新しいものではなく、すでに実用化されているものが用いられますが、問題は 4 にあるコストです。すでに技術が実用化されている分野ではある程度コストがかかっても CO2 が高く売れる、あるいは別な製品の販売収益があるなどの理由でカバーできるのですが、温暖化抑制を目的とした CCS ではコストが安くなければ話になりません。また、大量に CO2 を処理するので安全性、特に長期にわたる安全性が求められます。最後の 5 です。「CCS は化石エネルギーを使用する時の脱炭素技術として重要」とありますが、カーボンニュートラルが求められる今、なぜ「化石エネルギー」を使用する CCS が重要なのか疑問に思う人もいるかと思います。これについては、つぎの「CCSの意義」で考えていきましょう。

CCSの意義
2022 年 4 月 4 日に IPCC の第 6 次評価報告書の第 3 作業部会報告書「気候変動 2022:気候変動の緩和」が公表されました。「IPCC」 や「評価報告書」に関しては、「第2章海洋と気候変動 コラム2.1 IPCCとは何か?」で解説していますので、そちらを見て下さい。今回の報告書では気候変動を 1.5 ℃ あるいは 2 ℃ に制限するにはどうしたらよいのかに主眼がおかれています(本報告書については「IPCC第6次評価報告書 第3作業部会報告書を読む」を参照)。
この中ではモデルを用いて温暖化を目標温度に抑えるシナリオが評価されています。その結果、CCS に関しては以下のように書かれています。
- エネルギー部門では、温暖化を 1.5 ℃ や 2 ℃ に抑えるモデル経路では、2050 年にはほとんどすべての電力が、CCS を備えた化石燃料のようなゼロ~低炭素の供給源から供給されることになる
- 正味の排出量がゼロの CO2システムは、化石燃料の使用を最小限に抑え、残りの化石燃料システムで CCS を使用し、エネルギー部門の残留排出量を相殺するために CDR が必要になる
- CCS の実施は、適切な法的規制条件や技術の利用可能性など、国や地域の状況によって異なる
- セメント産業では、新しい化学物質を使いこなし、商業化されるまでは(近中期には期待できない)、CCS が排出量の大幅な削減に不可欠である
- 鉄鋼業界では、材料の効率やリサイクルと共に、生産における脱炭素化のために様々なレベルの CCS の適用が必要である
このように、温暖化を停止させるためには正味の排出量をゼロにする「カーボンニュートラル」を達成しなければならず(これについては「第2章海洋と気候変動 コラム2.2 パリ協定と排出削減目標」を参照ください)、そのためには CCS が不可欠なのです。

これは「第3章エネルギーの基礎 コラム3.2 2050 年カーボンニュートラルに向けてなすべきこと」で使った図ですが、カーボンニュートラルにするためには、発電部門は再エネ・原子力を中心に、さらには CCS / CCU を組み込みんでゼロエミッションとし、需要側は電化を中心にシステムを構築し、電化できない部分には水素を使い、どうしても化石燃料が残る部分には CCS / CCU を組み込むのが合理的だと考えます。さらに、それでも残る CO2 については、IPCC の報告書にもあるように CDR(Carbon Dioxide Removal)、つまり大気中から CO2 を除去する技術を導入することになります。
図13-1-3 は IPCC 第 6 次評価報告の WG3 報告書にある「エネルギー部門で 2030 年までの正味排出量削減に寄与できる技術のポテンシャルとコスト」を示す図です。横棒の長さはポテンシャル、色分けがコストですが、特に大きな排出削減をしないリファレンスケースとのコスト差で示しています。風力や太陽光がポテンシャルが大きく、コストも安いです。ですから、これらの再生可能エネルギーに置換していくのは当然です。しかし、どこでも再生可能エネルギーが使える訳ではありませんし、すべて再生可能エネルギーでまかなえるものでもありません。CCS が使えるところは、CCS を使っていけばいいのです。

では、つぎに CCS の技術、特に「回収」と「貯留」についてもう少し詳しく見ていくことにしましょう。