ここでは、CCSの「技術面」に焦点をあて、とくに「回収技術」と「貯留技術」がどんなものなのか勉強したいと思います。
CO2 はどのような物質か?
CCS という技術について理解するには、まず CO2 が持つ性質について知らねばなりません。ここでは「状態図」「分子の形と大きさ」「極性」「溶解度」などについて調べていきましょう。
状態図
物質内の異なる相が組成・温度・圧力などの状態量によって、安定して存在する領域を図示したものを「状態図」といいます。メタンハイドレートのところでも出てきましたね。図 13-2-1 が CO2の状態図です。CO2 は気体、液体、固体(ドライアイス)と超臨界という 4 つの状態をとります。

常温常圧では気体です。1 の赤丸ですね。圧力を維持したまま、矢印の方向に冷やしていきましょう。2 まで来て、さらに左に移動しますと固体となります。つまり、CO2 は常圧では液体にならず、−79 ℃ で昇華して固体(ドライアイス)となるのですね。みなさんがよく知っている現象です。つぎに 2 の位置から固体+気体の線の上を右上に移動します。青い丸、3 の状態です。ここでは気体、液体、固体の 3 つの状態が重なっていますので、三重点と呼びます。この –56.6 ℃、0.52 MPa (Paは圧力の単位 N/m2 = kg/ms2)以上の温度と圧力条件下では、CO2 は液体になります。CO2 のボンベですが、この加圧された液体が入っています。加圧下では CO2 を蒸留(液体→気体)することができます。沸点の違いを利用して他のガスと分離することができるのです。深冷分離という方法です。さて、3 の位置から今度は液体+気体の線上を右上に上がります。オレンジの丸です。この温度と圧力(31.1℃、7.4MPa)を越えると 4 の超臨界状態に入ります。超臨界状態とは気体と液体の特徴を兼ね備えた状態です。このオレンジの丸を臨界点と呼びます。後で出てきますが、CO2の貯留では、CO2 を超臨界状態で貯留しています。
分子の形と大きさ

つぎの分子の形と大きさです。図13-2-2 が分子の形と大きさを示しています。直線分子ですから、双極子モーメントはありません。ただし、 Cδ+ーOδー という風に分極しています。つまり電子が偏っていて、塩基性の物質とくっつきやすいルイス酸の性質を示します。この性質を利用した分離法があります。
つぎが分子サイズです。C-O の距離が 116.3 pm = 0.116 nm(nm は10-9 m)、全体の長さが 0.33 nm です。分子サイズは 水素 H2 が 0.29、窒素 N2 が 0.36、メタン CH4 が 0.38 nm ですから、水素と窒素の間ですね。この分子サイズを利用した分離方法があります。
比重と溶解度
空気を 1 としたときの比重は 1.53 ですから、空気より重く、下にたまりやすいです。密閉した部屋で起こる酸欠はこのせいです。
溶解度ですが、つぎの性質があります。
- CO2 は水にはあまり溶解しない。温度が上昇すると溶解度は低下する
- 水にアミンのような塩基を添加すると、CO2 の溶解度は増す。
- CO2 はアルコール類などによく溶解する。溶解度は CO2 分圧依存性が大きい。
溶解度に大きな選択性があり、脱離が容易であれば分離回収法として使えます。この性質を使った回収方法が一般的に用いられています。2 の性質を使った方法は「化学吸収法」、3 の性質を使ったものは「物理吸収法」と呼ばれます。
CO2の回収技術
以上の CO2 の性質を利用した回収技術ですが、CCS 向けには CO2 を小さな消費エネルギーかつ低コストで回収することに徹しなければなりません。回収方法を図 13-2-3 にまとめました。

大きくつぎの 3 つに分類することができます。
- 液体・固体に吸収・吸着させた後、条件を変えて(温度差、圧力差)放出させる⇒吸収法・吸着法 (a)
- 沸点差で分ける⇒深冷分離 (c)
- サイズ・極性を用いてCO2通過/非通過⇒膜分離 (b)
CO2 が液体に溶解する現象が「吸収」で、固体にくっつく現象が「吸着」です。温度や圧力の条件を変えて、CO2 を回収することができます。化学吸収法では温度、物理吸収法では圧力を主に変化させます。
このようにいろいろな回収方法があるのですが、分離すべき CO2 を含むガスの条件に応じて、適する回収方法を選択しなければなりません。図 13-2-4 に対象となるガスの性状を示しました。このうちの、CO2 分圧に注目して下さい。CO2 分圧とは全体のガスの圧力に CO2 の濃度を掛けたものです。溶解度は CO2 の分圧にほぼ比例しますので、分圧の大きな IGCC(石炭ガス化複合発電)や天然ガス生産では、圧力の高い状態で CO2 を吸収液に吸収させ、圧力を解除して回収する物理回収法が選択されます。一方、CO2 分圧の低い一般的な火力発電所、製鉄所、セメント工場などのガスでは、アミンなどを添加した吸収液に吸収させ、熱をかけてCO2を回収する化学吸収法が採られます。

詳しくは、つぎのレポートを参照ください。
http://seisan.server-shared.com/641/641-25.pdf
CO2の貯留技術
つぎに貯留技術です。図 13-2-5 に貯留の原理を示しています。左側の図、上部に泥岩など CO2 を透さない層を持つ砂岩などからなる CO2 貯留層に圧入井を設置し、CO2 を圧入していきます。この貯留層は深さが 800 m 以上ある場所を選びます。右の図、深度が大きくなるほど圧力が上昇しますし、前にメタンハイドレートのところで説明した地温勾配によって温度も上昇します。800 mですと、地温勾配を 3 ℃ / 100 m とすると、3 × 8 = 24 ℃、入り口が 10 ℃ だとすると、34 ℃、圧力は静水圧だとすると、p =ρ×g×H (ρ :密度、g:重力加速度、H:深度)で重力加速度をざっと 10 m / s2 として、1 × 10 × 800 = 8000 kPa = 8 MPa で、31.1 ℃、7.4 MPa の臨界点を越えますので CO2は超臨界になります。超臨界になると CO2 は気体から堆積が約 1/250 に圧縮され、コンパクトに貯留されることになります。

では、「日本でそのような貯留場所があるのか?」というと、それを示したのが図 13-2-6 です。さまざまな地震探査のデータから可能性のある場所を求めています。なお、水深が大きくなるほどコストがかかりますので、経済性の問題から水深を1000 mでカットオフしています。水深が 300 m より浅い部分は層の厚さに応じて色づけしてあり、赤い色ほど厚みが大きな場所となります。石油・天然ガスの分布に似ていますね。そうなのです。 CCS できる地層と石油・天然ガスの地層は同類のものです。図 13-2-7 には CO2 の貯留場所のイメージを示しました。対象となる貯留層は、生産量が落ちた油田・ガス田(CO2 圧入によって生産量が増加するので、増進回収といいます。石油の場合が Enhanced Oil Recovery で EOR、天然ガスの場合は Enhanced Gas Recovery で EGR といいます)。さらに枯渇して生産を中止した油・ガス田や塩水しか入っていない帯水層(塩水層)、石炭層も対象となります(図13-2-7)。


では、「どのくらいの潜在的な貯留量があるのか?」、その調査の結果が図 13-2-8 です。これは可能性のある貯留層の空隙に仮定を置いて CO2 を埋めていった理論量ですから、これだけの量が現実に入るわけではありません。さらに詳しい調査が行われており、その結果についてはつぎの 13-3 で紹介しようと思います。

つぎに海域の貯留層への圧入方法ですが、そのイメージを示したのが、図 13-2-9 です。貯留層が陸に近ければ、井戸を水平に掘って、坑口を陸上に設ける「大偏距掘削(ERD)」という方法がとれます。貯留層が遠い場合にはプラットフォームを設けるか、海底に坑口を設けてパイプラインで結ぶ方法が取られます。プラットフォームには着底式と浮体式があります。これらは、「第5章 海洋エネルギー概論 5.1 人はなぜ海に出るのか?」や「第11章 海洋エネルギー資源 11.1 石油・天然ガス開発に関する基礎的事項」で説明した海洋石油・天然ガスの場合と同じです。つまり、探査を含め、海洋石油・天然ガスの技術が利用できるのです。相違点としてはつぎの様なものが考えられます。
- 石油・天然ガスとは逆に地層の圧力が増加する方向なので、十分な圧力管理を行う必要があること
- 石油・天然ガスなどの生産がなく収入が得られないので、経済性を持たせる何らかの仕組みが必要であること
