第3章エネルギーの基礎 コラム3.2 2050年カーボンニュートラルに向けてなすべきこと

 前回は「2050 年カーボン・ニュートラル」とはどういう事かについて考えました。ここでは「2050 年カーボン・ニュートラル」を達成するためには、何をしなければならないかについて考えます。

 CO2 排出抑制の方法については、「2.8 排出抑制のために」ですでに紹介しました。排出を抑制するために何をすればいいのかは「茅恒等式」を用いればよく理解できます。「茅恒等式」の第 1 項はエネルギー需要の削減、第 2 項は脱炭素化です。「2050 年カーボン・ニュートラル」の達成に対してもこの 2 つをフル稼働させる必要があります。問題はこの 2 つでどこまで行けるかです。排出が削減できない分の CO2 排出を大気からの CO2 吸収で埋め合わせます。これが「カーボン・ニュートラル」なのです。まとめると下記のようになります。

  • 1.「エネルギー需要の削減」による CO2 排出量の削減量
  • 2.「脱炭素化」による CO2 排出の削減量
  • 3.「吸収」による大気中からの CO2 除去の増大量
  • カーボン・ニュートラル ⇒ BAU 排出量 -(1+2)-3 = 0

 この BAU 排出量ですが、BAU とは 「Business as usual」 の略で、「特段の対策のない自然体ケースの排出量」の意味です。CO2 排出削減量 (1 + 2) が小さければ、その分 CO2 吸収 3 への負担が大きくなります。では、もう少し詳しく見ていきましょう。

エネルギー需要の削減

 第 1 項のエネルギー需要の削減ですが、これは「=省エネ」かというと決してそればかりではありません。「省エネ」=「エネルギー効率の向上」は、エネルギー需要の削減の重要な要素のひとつですが、それ以外にもっと別な形でエネルギー需要を低くする方法があります。

 暮らしの豊かさの尺度の一つが GDP ですから、「茅恒等式」にあった「エネルギー消費量/GDP」は同じレベルの暮らしを行う時に使用するエネルギー量になります。これを削減するには、どんな方法があるでしょうか? 

  • エネルギー効率の高い機器に変更する(LED、電化製品、車など)
  • エネルギーを使わないようにする(使用していない機器のプラグを抜く、車から徒歩・自転車に変える、省エネ住宅など)
  • 個から共有へ(公共機関の利用、シェアリングエコノミーなど)
  • エネルギーを使わない社会基盤の整備(コンパクトシティ、公共交通機関網の整備、情報・通信機器の充実など)
  • IT を使って移動そのものを減らす(テレワーク、電子会議、ネット通販、VR による観光など)

「車」を題材にして、上のリストの意味を考えて見ましょう。

 1 つ目の「エネルギー効率」は車でいうと「燃費」です。同じ燃料でどのくらいの距離を走るかという尺度ですね。燃費のいい車に切り替えることで、同じ距離を走る時のエネルギーを節約できます。つまり、省エネできるわけですね。

 では、車は何のために使うのでしょうか?「移動」するためですね。通勤、通学、旅行など移動するための一つの方法として「車」を使います。徒歩、自転車、自動車、バス、電車、船、飛行機と移動する方法はいろいろあります。移動したいところまでの距離が近ければ、徒歩や自転車でも可能です。徒歩や自転車で移動すればエネルギーは使いません。これが 2 つ目の「エネルギーを使わないようにする」です。

 移動距離が大きく徒歩や自転車はちょっと難しいというなら、マイカーを止めて電車やバスに乗っていくという方法があります。また、車を所有しないでみんなで共有化する方法もあります。こうすると車の台数は減り、使用するエネルギーも減ります。これが 3 つ目の「個から共有へ」です。

 では「移動」は何のために行うのでしょう。会社や学校に行くため、買い物、出張や帰省など人に会うため、普段とは異なる場所に旅行して楽しむためなどですね。会社や学校、買い物ですが、住んでいる場所と働いたり勉強したりする場所や商業施設などが近接していれば、徒歩や自転車で十分で、別に車を使う必要性はないですね。住居・職場・学校・商業施設が近接するような街作りをすれば移動に使うエネルギーを大幅に削減できるわけです。これが4つ目の「エネルギーを使わない社会基盤の整備」です 。

 5つ目はもう移動することそのものを止めてしまって、自宅で通信機器を使って仕事や勉強、買い物をする方法です。コロナで増えたテレワークや電子会議、オンライン授業、ネット通販などがそれですね。旅行なども VR を使えば、あたかもそこに行ったかのように体感できます。これだと移動にともなうエネルギーは発生しません。

 このように、これまでは「エネルギー効率」ばかり注目されてきましたが、目先を変えれば需要側でエネルギー削減する方法はいろいろあります。これをとことん追求していく必要があります。

脱炭素化

 次に脱炭素化ですが、脱炭素化を意識してエネルギーフローを描くと図コラム 3.2 -1 のようになります。CO2 を排出させない一次エネルギーは原子力と再生可能エネルギーです。化石燃料を使う場合には、必ず CO2 を回収し、地中貯留する(CCS)か再利用CCU)します。この際の回収率は多くの場合 90 %程度なので一部の CO2 が大気中に排出されることに注意してください。また、安定な CO2 を再利用する場合には、多くの場合、水素などの還元剤が必要となります

 CO2 を排出させない 2 次エネルギーは電気と水素あるいは水素キャリア(有機ハイドライド、ギ酸、アンモニアなど)になります。電気はとても良い 2 次エネルギーですが、需要と供給を瞬時瞬時にバランスさせなければならないという大きな欠点があります。このため天候に左右される太陽光や風力などの再生可能エネルギー発電では、出力変動を補完する調整力を確保する必要があります。システムに蓄電池を組み込むことはひとつの対策ですが、瞬時の対応という点では不十分です。またコスト増加の問題もあります。詳細については第 4 章再生可能エネルギーのところで詳しく述べたいと思います。一方の水素(水素キャリヤを含む)は電気とは違って貯蔵可能であるという好ましい特性があります。電気と水素は効率低下はありますが、相互変換が可能ですから、この 2つを組み合わせて使うというのが現実的な姿ではないかと思います

 従って、需要側は電化を中心にシステムを構築し、電化できない部分には水素を使い、どうしても化石燃料が残る部分には CCS / CCU を組み込むのが合理的だと考えます。

図コラム3.2-1 脱炭素化を意識したエネルギーフロー

 さて、2050 年カーボンニュートラルを考えたとき、第 1 の問題は 1 次エネルギーをどうするかです。2020 年のグリーン成長戦略の策定時には、再生可能エネルギー発電で 5 ~ 6 割、原子力と化石燃料発電 + CCS / CCU で 3 ~ 4 割、水素・燃料アンモニア発電で 1 割程度という数字がありましたが、現在、明記されたものはないようです。原子力がこの程度入ればまだしも、それがダメな場合には再生可能エネルギーの比率をもっと大きく増やさねばなりません。再生可能エネルギーとしては洋上風力に熱い視線が向けられていますが、風況が良い地域が偏在していることや、日本の場合は水深が大きいため浮体式が中心となることによるコスト高問題をどう解決するか、課題山積みです。また、送電網の広域連系や調整力の確保など電力システム側も相当のお金をかけて準備していく必要があります。

CO2の吸収

 最後に大気中からの CO2の「吸収」です。この働きをするものを「二酸化炭素吸収源(carbon dioxide sink)と呼び、具体的には海洋、森林、土壌などが該当します。

  • 海洋:CO2 は水に溶解しますが、水温が低いほど、圧力が高いほどよく溶けます。このため海水中のCO2 は極域の深海で高く、赤道域の浅海でもっとも低くなります。また、1.4 で述べた様に、植物プランクトンが CO2を吸収し、その死骸が海底に沈むことで、CO2 を海底に隔離する働きがあります。このことを積極的に活用しようというのがブルーカーボン(海洋生態系による炭素貯留)という方法です(筆者も昔、鉄鋼スラグを活用したブルーカーボンによる CO2固定化の研究をしておりました)。
  • 森林:我が国の CO2吸収量の 93 % を森林が占めています。 大気中の CO2 が吸収され光合成によって木として固定されます。
  • 土壌:枯れた植物や生物の死骸が土壌中に埋められると、長期間炭素が閉じ込められることになるので、土壌は吸収源になります。さらに土壌中の微生物が行う炭素固定も含まれます。

 大気中の CO2 を吸収し、光合成によって作られたバイオマスは、エネルギー利用すれば、発生する CO2カーボンニュートラル扱いになるため CO2 排出量としてカウントされません。 また、発生 CO2地中貯留(CCS)すれば、排出量より吸収量が多いネガティブエミッションとなります。これがBECCS(BioEnergy with Carbon Capture and Storage、CCS 付きバイオエネルギー)と呼ばれるものです。さらに、植物の力を借りるのでは無く、人為的に大気中から直接 CO2 を回収DAC、Direct Air Capture)し、地中貯留することも原理的には可能です。これが DACCSという技術です。これらについては、本講座の最後の方 「CCS」 のところで再び説明したいと思います。

(更新 2022/10/19)

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