「海洋エネルギー資源」の最後は、新たなエネルギー資源である「メタンハイドレート」です。
メタンハイドレートとは
ハイドレートは「抱接化合物」の一つで、水分子の作る結晶構造の中にガス分子が閉じ込められた氷状の物質です。メタンハイドレートはこの「閉じ込められたガス」が「メタン」で、低温高圧の条件下で生成します(メタンだけではなく、二酸化炭素も同じようにハイドレートを作ります)。理論化学式は CH4・5.75 H2O でメタン一分子につき、5.75 個の水分子が存在しています。図 11-3-1 の左側がその様子を示したもので、メタンが緑の三角、水分子は赤い球です。結晶構造の空間に隙間なくメタンが取り込まれている場合、1m3のメタンハイドレートを分解すると、水 0.8 m3とメタンガス 172m3(大気圧下、0 °C)が得られることになります。メタンハイドレートは大気中に取り出すと分解しますので、図11-3-1 の右側の写真の様に、火を近づければ燃えます。

メタンハイドレートが安定である温度・圧力条件は 0 ℃ ならば 26 気圧以上(水深 260 m 以上)、10 ℃ ならば 76 気圧以上(同 760 m 以上)となります。図 11-3-2 の相図の黄色の部分がメタンハイドレートとして存在できる領域です。この図、横軸は温度ですが、縦軸は圧力を水深で表しています。緑の点線が海水温の鉛直プロファイルの例です(海水温プロファイルは場所に変わります)。この海域では褐色の点線で示したハイドレートとガスの境界線との交点(黒丸、3 ℃、300 m)より下の領域でハイドレートが存在します。つぎに海底からどのくらいの深さまでハイドレートが存在できるのか考えます。いま、水深 500 m のところに横に線を引いています。海水温がおよそ 3 ℃、この圧力でハイドレートができる温度が 6 ℃ です。海水温の方が 3 ℃ 低いので海底面ではハイドレートになっています。では、さらに下の地層ではずっとハイドレートが存在できるのでしょうか? いや、そんな事ははありません。地面下は地熱のせいで深くなるにつれて温度が上昇します。地温上昇の勾配は 100 m で 2 ~ 4 ℃です。いま、間をとって 3 ℃ とすると、海底面から 100 m の深さで 3 + 3 = 6 ℃ なので境界線のところまできてしまいました。つまり、水深 500 mでは、海底から 100 m の深さのところまでしかハイドレートが存在できないのです。図からわかるように、水深が大きくなると、海水温と生成境界の線の幅が大きくなるので、ハイドレートが存在可能な層の厚さは増します。それでも、水深 2000 m で 500 m ほどです。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Undersea_methane_hydrate_phase_diagram.svg
図 11-3-3 は世界のメタンハイドレートの分布です。赤丸はボーリングしてコアサンプルを採り確認できたところ、△は BSR から推定とあります。BSRは Bottom Simulating Reflector(海底擬似反射面)の略で、地層傾斜とは無関係で海底面に平行な通常とは異なる音波探査の反射波のことです。ただし、これが出たからといって、そこにメタンハイドレートがあるとは限りません。さて、図を見るとメタンハイドレートは偏在していることが分かります。そして、日本周辺にもたくさん赤丸が存在していますね。

出典:林雅雄「メタンハイドレート―資源量評価研究の経緯と最新の成果―」石油・天然ガスレビュー 2007.9 Vol.41 No.5, 57
日本周辺でのメタンハイドレートの分布
日本周辺の分布が調べられ、これをもとに資源量が算出されました(図11-3-4)。赤や青の部分にはメタンハイドレートが集まった凝集帯が発見され、赤のエリアでは凝集帯が 10 もあります。赤のエリアのメタンハイドレート資源量は約 1.1 兆 m3、このうち凝集帯が 5,739 億 m3で日本の LNG 輸入量(2018 年)の約 5 年分になります。

出典:MH21-S研究開発コンソーシアム(https://www.mh21japan.gr.jp/search.html)に追記
さて、このメタンハイドレートの分布図を海底地形図と重ね合わせてみます(図 11-3-5)。すると、BSR のある場所は南海トラフ、千島海溝、日本海溝の大陸棚側の斜面であることがわかります。

この調査を行ったMH21-S 研究開発コンソーシアムによれば、南海トラフなどにおける「メタンハイドレート濃集帯は砂質層から構成されます。メタンハイドレートが分布するような深海では通常、砂は堆積せず泥だけが深々と堆積します。深海の砂は、陸側から流れてきたタービダイトという砂と泥の混濁流によって堆積します。タービダイトによって堆積した地層は砂と泥が交互に重なる砂泥互層を呈します」とのことです。このような砂層に存在するものを「砂層型メタンハイドレート」と呼んでいます。図 11-3-6 の左側です。南海トラフなど水深 1000 m 程度の砂泥互層の砂の部分に存在するメタンハイドレートです。これに対して、別な形のハイドレートが存在することが分かってきました。これは水深 500 m 以上の海底付近で形成され、泥層の中に塊状で存在しているもので「表層型メタンハイドレート」と呼ばれ、日本海側が多いとされます(図 11-3-6 の右側)。

出典:資源エネルギー庁
https://www.enecho.meti.go.jp/category/resources_and_fuel/oil_and_gas/
メタンハイドレートを取り出す!
メタンハイドレートの商業化に向けた工程表が 2013 年の「海洋エネルギー・鉱物資源開発計画」の中で明らかにされています。先行している「砂層型」は海洋産出試験を実施し、2016 年頃から商業化の実現に向けた技術の整備に入っていき、平成 30 年代後半(平成 30 年は 2018 年ですから 2020 年代の後半か)には商業化プロジェクトの開始を目指します。一方の表層型は、当面、資源量の把握に集中するという方針でした。

では、どうやってメタンハイドレートを取り出すのか? 図 11-3-8 の上図にあるように、安定域にあるメタンハイドレートを、①加熱する ②減圧にすればメタンガスに戻ります。そこで、「加熱法」と「減圧法」という二つの方法が考えられました。

この 2 法を比較検討した結果、加熱法ではメタンハイドレートからメタンが自壊するほど海底の温度を引き上げるには膨大なエネルギーを要するとの理由から、生産井内の水を汲み上げ、周囲の圧力を減すことでメタンハイドレートの分解を促し、井戸に流入してきたメタンガスと水を分離し、海上でガスを採取するという減圧法(図11-3-10)が有力となり、カナダの陸域メタンハイドレートで採取実験を実施したのち、世界で初めての海域産出試験が実施されることになりました。

海域産出試験はこれまでに 2 回実施されています。それぞれの概要はつぎの通りです。
- 第1回 2012 年 2 月 ~ 2013 年 8 月:l世界初の海洋産出試験が渥美半島から志摩半島沖合の東部南海トラフ海域で実施され、約 6 日間の減圧法によるガスの生産実験により、累計約 12 万 m3 の連続ガス生産が確認された。一方、天候悪化と出砂により試験が中断され、長期的な挙動を知るのに十分なデータを取得できなかった。
- 第2回 2017 年 4 月 ~ 7 月:第 1 回海洋産出試験で生じた出砂トラブル等の解決を図ること、および、3 ~ 4 週間のガス生産において生産レートの増加を確認することが目的。異なる出砂対策を施した 2 本の生産井のうち 1 本目は出砂トラブルによりガス生産試験を中断。2 本目の生産井では出砂トラブルは発生せず、約 24 日間のガス連続生産を達成。生産量は 1 本目の生産坑井が合計約 3.5 万m3、2 本目の生産坑井が合計約 20 万 m3。生産レートは最大 20,000 m3/日で、商業化を見据えた目標 50,000 m3/日に達せず、原因と対策を検討中。
と、出砂問題は解決したようですが、生産性が目標に及ばず、その理由を検討するという状況になっています。つぎの図 11-3-11 が 2019 年時点での工程表です。商業生産に向けた技術開発を 2022 年度末までに行い、方向性を確認・見直すことになっています。今年度末の動きに期待しましょう。

一方の表層型ですが、つぎの様な事項が 2017 年度までに判明しています。
- 表層型メタンハイドレートの存在の可能性のある構造(ガスチムニー構造)が、調査海域で 1,742 箇所存在することを確認
- ガスチムニー構造の内部におけるメタンハイドレートの分布が不連続で広がりの推定が困難、個々のガスチムニー構造毎に内部の様子が多様であることがわかり、資源量の試算にあたっては、特定の範囲に限定。
- 上越沖のガスチムニー構造を示す「海鷹海脚中西部のマウンド地形」(面積約 200 m x 250 m、深さ約 120 m)で試算。掘削同時検層およびコア分析に基づく試算では、メタンガス換算で、約 6 億 m3 のメタンハイドレートが存在と推定。
これを受けて、2018 年度から 2022 年度末まで、生産技術の開発を実施しています。表層型のハイドレートの状況は砂層型とは異なるため、砂層型とは異なる回収方法が必要です。また、2023年度以降の海洋産出試験の実施場所を検討することになっています。これも今年度末の動きが楽しみです。

参考文献
MH21-S研究開発コンソーシアムホームページ(https://www.mh21japan.gr.jp/mh21s.html)
海洋エネルギー資源開発促進日本海連合ホームページ(https://www.nihonkairengou.jp/)