最後に日本における洋上風力の課題とどのようにしてそれを克服するかについて考察してみたいと思います。主な課題として考えられるのは下記の点です。順に考察を行います。
- コストが高い
- 風力適地と電力需要地が異なる
- 送電インフラが十分でない
- サプライチェーンがない
コストが高い
どのくらいコストが高いのでしょうか? 「6.1 洋上風力発電とはどんな技術か?」の図 に「経産省発電コスト検証ワーキンググループ」の 2020 年と 2030 年の着床式洋上風力のコストをプロットしてみます(図 6-5-1)。IRR 相当費用を含まないコストを 1 ドル 110 円で換算しています。2020 年では 2 倍、2030 年では 3 倍くらい違いっています。算出条件を調べるとつぎの様になっています。
- タービンサイズ:2020 年、2030 年ともに 3.5 MW。「海洋再生可能エネルギー発電設備整備促進区域指定ガイドライン」の欧州主要国においてこれまでに設置又は入札の対象とされた洋上風力発電 1 区域当たりの平均容量は約 35 万 kW という記述から設定。
- 設備利用率:2020 年 30 %、2030 年 33.2 %。2020 年は 2014 年度から 2019 年度までの着床式の調達価格における想定値を用い、2030 年は着床式の公募の調達価格算定委員会にて設定された供給価格上限額 29 円 / kWh を算定するに当たり設定された各想定値を用いる。
- 建設費:2020 年 51.5 万円 / kW、2030 年 50.7 万円。前者は 2019 年までの調達価格 36 円 / kWh の算定にあたり想定した建設費から接続費用を除いたもの、後者は供給価格上限額 29 円 / kWh の算定にあたり想定した建設費から接続費用の一部として追加的考慮されている額を除いたもの
要するに 2030 年のコストは 海洋再生可能エネルギー発電設備整備促進区域における建設分の調達価格の上限値のようです。日本における初期の導入コストですから高くなるのは当然ですね。一方、前述の「洋上風力産業ビジョン」の目標コストは 2030 ~ 35 年に 8 ~ 9 円 / kWh というものでした。これも合わせてプロットしてみましょう(図 6-5-1 の☆)。まだ高いですが、世界全体の平均的な予測値にぐっと近づきました。では、どうやってコストダウンするのでしょうか?「洋上風力産業ビジョン」には目標値しか書かれていないので、この数字の算出根拠がわかりません。そこで、ざっとした計算を行ってみたいと思います。
コストに関係する因子としては、風況、設備利用率、タービンサイズ、そして量産にともなうコスト低減(学習曲線)があります。量産にともなうコスト低減は上記計算である程度見込まれているはずですし、風況・設備利用率はどこに設置するかによって影響されるので後回しにして、タービンサイズについて考えてみましょう。
風車を 10 MW までサイズアップしてみます。コストは費用を発電電力量で割ったものでした。風車の出力が増えると発電量が増加するので、その分コストは安くなります。発電電力量は定格出力×年間時間×設備利用率です。設備利用率が同じすると、定格出力の増加した分、コストが下がることになります。
出力比は 10 MW / 3.5 MW = 2.85 ですから、出力増によるコストダウン比率は 1 ÷ 2.85 =0.35 つまり、費用が変わらないとするとコストが 35 % になるのです。でも、風車が大きくなると、その分設備費は増えるはずですね。でも設備の大きさが 2 倍になっても、価格は 2 倍にはなるわけではありません。資材費は 2 倍になっても、組立の手間などはそれほど変わりませんから、全体では 2 倍より安くなります。スケールアップ時のコストを推定するのによく 0.6 乗則を用います。これは、たとえばスケールが 2 倍になった時に、コストは 2 の 0.6 乗倍になるというものです。あくまでも経験則ですが、これを使ってみましょう。「発電コスト検証ワーキンググループ報告書」からコストの内訳を調べると、資本費分(設備費相当)が 11.9 円 / kWh、運転維持費が 6.3 円 / kWh とあります。
11.9 円 / kWh ×(10 MW / 3.5 MW)0.6= 22.3 円/kWh
運転維持費は巨大化しても変わらないとすると、10 MW の想定コストは
(22.3+6.3)×0.35=10 円 / kWh
と目標値のかなり近くまで下がりました。つぎに風況と設備利用率ですが、日本の風況の良い場所では、設備利用率は 0.35 ~ 0.4 の間にありますから、0.375 とすると、コスト検証ワーキンググループの設備量率の設定値が 0.33 ですから、
0.33 / 0.375 = 0.88
10 円 / kWh × 0.88 = 8.8 円
と、目標値の 8 ~ 9 円 / kWh の中に入りました。
海外と比べてまだ高いですが、これは風況の差や量産によるコスト低減分ではないかと推測します。風況の差は致し方ないですが、量産効果の方は導入促進策等によって導入量を増やせば下がっていくものと思われます。
風力適地と電力需要地が異なる ・送電インフラがない
「6.2 洋上風力のポテンシャル」のところで述べた様に、日本の洋上風力のポテンシャルは、離岸距離が 30 km 未満、水深 200 m 未満という条件を置く限り、北海道と東北地方に偏っています(図 6-5-2)。一方、この地域の電力消費量は小さく、一方電力需要の多い東京、関西等では洋上風力のポテンシャルはそれほど大きくはありません。なお、離岸距離と水深の断り書きをつけたのは関東など、沖合に出ると風況のよいエリアがあり、状況が異なるからです。
「風力適地と電力需要地が異なる」という課題を解決するためには、送電のネットワークを充実させる必要があります。政府の第 6 次エネルギー基本計画の、「洋上風力を始めとする再生可能エネルギーのポテンシャルの大きい北海道等から、大消費地まで送電するための直流送電システムを計画的・効率的に整備すべく検討を加速する。」としている部分です。風力発電協会の資料には、図 6-5-3 の様な案が見られます。ポテンシャルの大きな北海道・東北から高圧直流送電で新潟あるいは福島あたりに送り、ネットワークに繋ぐというものです。
高圧直流送電(HVDC)とは送電を高電圧の直流で行うシステムで、ケーブルは単相で、送電ロスが少なく、長距離でも大量に送電でき、送電コストがそれほど上昇しないのが特長です(6-5-4)。さらに、周波数が異なる系統の連系にも適しています。
さて、 この「ポテンシャルの大きい北海道等から、大消費地まで送電するための直流送電システムを計画的・効率的に整備する」という方向とともに、風況の良い沖合に大規模な洋上ウィンドファームを建設し、そこから高圧直流送電で陸上のネットワークまで送電するという方向があります。日本の場合はすぐ水深が大きくなるので「浮体式」になりますが、「浮体式」はまだこれからのシステムですから、大規模な沖合洋上風力ファームを視野に技術開発を推進し低コスト化を実現すれば、この分野のリーダとなれる可能性があるでしょう。例えば東京に電気を送ることを考えた場合、図 6-5-3 に示す様に、北海道や東北から高圧直流送電で 700 ~ 900 km の距離を送電するのなら、東側の海域を見ればもっと短い距離でピンク色の平均風速が 9 m / s を超えるエリアが広がっています。ここに浮体式の洋上風力ファームを建設すれば大量の電力が得られるはずです。
サプライチェーンがない
欧州には北海の油田開発を中心に洋上石油開発産業のサプライチェーンができています。そして、これが洋上風力に置き換わっていることはすでに述べました。事実、英スコットランドにある世界初の商用浮体式洋上風力発電所「Hywind Scotland Floating Wind Farm」はノルウェーの石油会社であるエクイノール(旧名 Statoil)が所有・運営しています。日本においては、欧州ほど風力産業や洋上石油開発の経験がないため、洋上風力のサプライチェーンが存在していません。
先に述べた「洋上開発ビジョン」では「政府による国内市場の創出を投資の呼び水として、競争力があり強靱なサプライチェーンを形成することが、電力安定供給や経済波及効果といった観点から重要である。そのため、産業界においては、産業界としての国内調達に係る目標を設定することで、強靭なサプライチェーンの形成を促進する。政府においては、設備投資へのインセンティブ付与や国内外の企業連携の促進、規制改革による事業環境整備等によって産業競争力の強化を図る。併せて、産官学が連携して、洋上風力発電に必要な人材育成を進めていく」とあります。そのとおりなのですが、北海油田は 1960 年から開発されており 60 年の歴史がありますので、そう簡単には進まないように思います。ともかくプロジェクトを進め、海外と連携しながら日本の特長を活かした取り組みをしていくしかありません。日本は部品メーカーが強く、また巨大・高重量の部材は現地調達が基本となりますので、日本企業が優位にたてる部分もあるでしょう。日本はともすると技術開発の方向にのみ視線が向きがちですが、全体を俯瞰してうまくビジネス形成させるためには何が必要かという視点が重要だと思います。
変動に対してどう対処するか?
洋上風力の量が増えてきて、その中心が北海道や東北地方であるならば、送電問題の他に「変動問題」にどう対処するか真剣に考える必要があります。日本の中で風況がよい地域だとはいっても、設備利用率が 40 % まで届きません。風力は変動するのです。風が吹かない日もあります。洋上風力の量が増えれば増えるほど、それが停止している際のバックアップ電源の確保が難しくなります。全国に分散しているのなら、各地の出力が補完しあって変動は小さくなるでしょうが、北海道と東北は隣り合わせ、似た気象環境にあるので、東北が止まっている時は北海道でも風が吹いていない状況が起こる可能性が高いです。蓄電池という手もありますが、大量の電力の貯蔵は相当困難でしょう。ここは水素(あるいはその誘導体)を使って、余剰時に水素に変換して貯蔵し、不足時に水素発電するというシステムを組み合わせる必要があると思います。
(更新 2022/10/25)