第2章海洋と気候変動 2.6 温暖化の予測と海洋の変化

 ここでは今後温暖化がどのように推移していくかについての予測と、その時、海洋がどう変化しているのかについて検討します。

気候モデルと気候の将来予測

 複雑な気候システムの予測は、気候モデル(climate model)を用いたコンピュータ・シミュレーションで行われています。ここでいう気候モデルとは、気候システムを構成する様々な要素を物理法則に従って定式化し、コンピューターによって擬似的な地球を再現しようとする計算プログラムです。世界をグリッドに区切り、グリッドごとに気温、風量、水蒸気等の時間変化を物理法則に従って計算していきます。気候の将来予測は、100年を超える長い期間が対象ですので、熱が長期間蓄積される海洋の流れや、海洋と大気の間での熱や水等の移動が重要になります。ただし、現在の気候モデルでは、まだ現実の大気や海洋の運動を完全に再現できていません。ですから、計算結果に気候モデル特有のバイアスや不確実性が現れます。各国の研究機関が開発した様々な気候モデルの出力結果を相互比較しながら、モデルの改良を実施しているのです。

 さて、IPCC第 6 次評価報告書では、5 つの異なる排出削減シナリオを用意して、シナリオごとに気候モデルを用いてシミュレーションを行い将来の姿を予測しています。この排出削減シナリオが図 2-11 の SSPx-y で表されるものです。SSPとは Shared Socioeconomic Pathways の略で、日本語では共通社会経済経路と訳しています。つまり、気候政策とは別に世界がどのように発展するかについて5つの異なる道筋を想定しようというものです。SSP1 は持続可能性を重視した成長と平等の世界、SSP2はこれまでの歴史的な流れにほぼ沿った中道的な世界、SSP3は地域対立が進んだ分断された世界、SSP4は不平等がますます拡大する格差世界、SSP5は化石燃料に依存し、経済生産高とエネルギー使用量が急速かつ無制限に増加していく世界です。これらの社会シナリオに将来発生する可能性のある温室効果のレベルを組み合わせます。yの部分の数値は放射強制力です。

図2.11 IPCCの排出削減シナリオと将来の予測

 耳慣れない言葉が出てきました。放射強制力とは何でしょう? 大気中の CO2 濃度の変化、エアロゾル濃度の変化、雲分布の変化など、何らかの要因によって気候システムに変化が起こったとき、その要因が引き起こす放射エネルギー収支の変化量(単位:Wm-2)が放射強制力です

図1.4 地球のエネルギーバランス(年平均)
出典:環境省 IPCC Report Communicator
https://ondankataisaku.env.go.jp/communicator
/files/WG1_guidebook.pdf)

 もう一度図 1.4 に戻って説明します。図の一番上、つまり大気上端では、太陽放射によって 100 のエネルギーが入り、太陽放射の反射で 31、長波放射で 69 、合計 100 のエネルギーが宇宙へ出て行きます。この「入」と「出」が差し引きゼロというのが平衡状態での放射エネルギー収支です。いま太陽の照度が増加する場合を考えます。 太陽照度が増えると地球系に入射する放射エネルギーが増加し、放射エネルギーの収支が照度の増加した分、収支はプラスになります。これが「正」の放射強制力です。その後、熱せられた大気からの長波放射が増え、最終的には再び収支ゼロの平衡状態に戻っていきますが、もとの状態に比べて気温が上昇することになります。

 2100年の放射強制力レベルと社会シナリオを組み合わせて、SSP1-1.9、SSP1-2.6、SSP2-4.5、SSP3-7.0、SSP5ー8.5 という5つの排出削減シナリオが作られています。 例えば SSP1-1.9 は、 持続可能性を重視して2100年の放射強制力が 1.9 Wm-2 となるまで温室効果ガスの排出削減を進めるというシナリオになります。これら 5 つの排出削減シナリオで世界全体の CO2の排出量がどのように推移するかを示したのが図 2-12 です。いわゆる 2 ℃ 目標は SSP1-2.6、1.5 ℃ 目標は SSP1-1.9 に相当します。

図2-12 5つの排出削減シナリオとCO2排出量

気温と年間降水量、極端現象の将来予測

 では、気候モデルを使って予測された将来の気温を見てみましょう。図 2.13 は IPCC 第 6 次評価報告書 WGⅠ報告書で示された世界平均気温の変化予測です。シナリオによって温度上昇の仕方が異なり、SSP1-1.9では2050年あたりで気温上昇が 1.5 ℃ 付近で停止し、やや下降に転じます。また、SSP1-2.6では 2050 年と 2100 年の間で気温は 2℃ 付近で安定化します。一方、他のシナリオでは2100 年になっても気温は上昇を続けています。SSP5-8.5シナリオでは 2100 年での気温上昇は 5 ℃ に到達しようとしています。

図2.13 将来の気温変化の予測
出典:IPCC第6次評価報告書WG1報告書政策決定者向け要約 日本政府翻訳

 図 2.14 は年平均降水量が気温変化とともにどう変化するか示したものです。気温変化が大きいほど、降水量が増加するとともに乾燥地域はより乾燥していくことが分かります。2 ℃ 上昇と 1.5 ℃ 上昇を比べると、2 ℃ 上昇の方が降水量の増加と乾燥地域の乾燥の程度が増加しています。

図2-14 気温上昇と年平均降水量の変化
出典:IPCC第6次評価報告書WG1報告書政策決定者向け要約 日本政府翻訳

 表2.3は10年に1回といった極端現象の頻度が気温上昇とともにどの様に変化するかを見たものです。極端な高温、大雨、干ばつともに気温上昇が大きくなるほど頻度が増えていく予測となっています。

表2-3 気温上昇と極端現象の頻度

海面水位の上昇

 温暖化は海の様々な変化を引き起こします。まず、海水の熱容量が増加し、これによって海水が熱膨張します。さらに、気温が上昇することによって氷が溶け始めます。その代表的なものが、グリーンランド氷床の減少南極氷床の減少、及び氷河の減少です。そして、これらの変化が 海面水位の上昇(sea level rise) を引き起こします 。

図2.15 海面水位上昇
出典:IPCC第6次評価報告書WG1報告書政策決定者向け要約 日本政府翻訳

 図 2.15 は 2100 年までの海面水位の予測です。SSP5-8.5シナリオでは 0.9 m程度の海面上昇を彦超していますが、SSP1-1.9シナリオでは 0.5 m 程度に収まっています。島嶼国は水没の危機に瀕しています。例えばツバルは最も高いところこそ海抜 4 mですが、大部分は海抜 1 ~ 2 m ですから、1 m の海面上昇があると、国の大半が水没してしまいます。日本でも、朔望平均満潮位以下、すなわち満潮時の平均水位より低い地域は東京湾、大阪湾、伊勢湾だけで 577 km2 あり、ここに 404 万人の人々が暮らしています。海面水位が大きくなると、 満潮時水位より低い地域の面積は増大していきます。また、堤防を設置して水害から護るのですが、この堤防の拡充や、より高い堤防に作り替えるために多額の費用が必要となります。

海洋酸性化

 図 2.16 は海洋酸性化への影響を示しました。海洋は大気中の CO2 を吸収し、海洋表層の pH が小さくなります。CO2 についても海洋は大気のバッファーの働きをしているのです。CO2 が水に溶解すると酸性、すなわち pH が小さくなる方向に動きます。 海洋の pH が長期にわたって低下する現象を海洋酸性化と呼んでいますが、 SSP5-8.5 シナリオでは明らかに酸性化が進んでいます。一方、SSP1-1.9 や SSP1-2.6 シナリオではその程度は小さく抑えられています。海洋の酸性化はそこに棲む生物に影響を与え、生物多様性の減少につながります。これについては、次回、温暖化の影響というテーマで再び検討することにします。

図2.16 海洋酸性化への影響
I 出典:IPCC第6次評価報告書WG1報告書政策決定者向け要約 日本政府翻訳

 (更新 2021/11/17)

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