第5章 海洋エネルギー概論 5.1 人はなぜ海に出るのか?

 これまで「準備編」として、海洋の基礎、海洋と環境、エネルギーの基礎、再生可能エネルギーについて学んできました。ここからは、いよいよ「海洋エネルギーと資源」の話に入ります。本章では個別の議論に移る前に、全般的な事がらについてお話ししようと思います。まず最初は、「人はなぜ海に出るのか?」です。少し漠然としてますね。もう少し問いを明確にしてみましょう。「エネルギー・資源を得るために海洋開発を行う動機は何か?」これでどうでしょう? かなりはっきりしましたね。では答えを考えてみましょう。

海洋開発を行う動機は?

 いろいろな答えが頭に浮かぶと思います。リスト化してみてください。例えばこんな具合です。

  1. 国土が狭いので、十分な資源が手に入らない。輸入するにも制限がある。だから海を開発しよう
  2. もう陸地は開発しつくした。残っているのは海だ
  3. 陸地での開発ではいろいろな問題が発生する。問題を起こしにくい海へでよう!
  4. 手の届くところに海がある。これまでもずっと海を利用してきたので、海に出ることに抵抗はない。だから海へ出る
  5. 海は広大だ。大量の資源が眠っているはず。だから、海に出よう
  6. ・・・・・

 ひとつずつ検討してみましょう。まず 1 です。これは島国である日本によく当てはまりますね。英国も同じです。英国は強力な海軍力を背景に、19 世紀には 7 つの海を支配する大帝国となります。つぎの 2 は資源開発の盛んな国、たとえば米国のケースです。米国では陸上の油田を掘り尽くし、海洋油田開発に進出しました。3 の例としては第 6 章で取り扱う「洋上風力」があります。風力発電はコストを下げるために大型化していきます。騒音、材料の輸送など陸地ではいろいろな問題が出てきます。そこで制約の少ない海へと進出するのです。4 は沿岸国の考え方です。沿岸国では海がとても身近な存在ですから、海洋開発に対する抵抗感も少ないです。5 では「海の広さ」が海洋進出の動機になっています。排他的経済水域が世界第 6 位の日本。島国で国土が狭く、周囲を海で囲まれているため、常に海に親しみを感じてきた日本、そんな日本が海に熱い目を向けるのは当然のことですね。

海洋開発の難しさ

 このように魅力溢れる海ですが、海洋開発は陸域での開発に比べて困難がつきまといます。今度は海に出ることの難しさをリスト化してみましょう。

  1. 水があるためにアクセスしにくい
  2. 採れたものをどうやって陸まで運ぶのか?
  3. 海での工事はたいへんだ
  4. 海が荒れたら作業が停止してしてしまうし、設備に損害がでる

 まず 1 ですが、海水の存在が何をするにしても障害になります。海での移動はおもに船になりますし、海面上ならばまだしも海底の工事であれば、海水が一層行く手を阻みます。2 の輸送方法には船や海底パイプライン、電力なら海底ケーブルです。3 の海での工事ですが、資材の移動や作業は主に船で行い、さらに海底工事には潜水夫や潜水艇を動員します。ですから、陸に比べてかなり大変でコストが高くなります。4 海が荒れたら作業ができません。荒天日数が増えれば、その分工事期間が長くなり、これもコスト高につながります。また、台風などにより設備に損害がでることも考慮する必要があります。以上のように海洋開発は陸上よりずっとコスト高なのです。

海洋開発の是非 海底石油開発を例に

 では、どういう場合に海に出るのかというと、当然、「海を使うメリット」が「海を使う場合のデメリット」を上回るときですね。このことを「海洋石油開発」を例に考えてみましょう。

 海洋石油開発は、海底にある油田を探査し、井戸を掘り、石油を汲み上げる事業です。本格的な最初の海底油田は、1947 年のアメリカ・ルイジアナ沖油田(水深 6 m)と言われています。「着底式」の海洋プラットフォームを建設し、そこから油井を掘り、石油の生産を行っています。これが契機となり、本格的な海洋石油・天然ガス開発が開始されました。当時の掘削・生産方式は着底式(図 5-1 のジャッキアップリグ、図 5-2 の着底式洋上石油生産設備)で、水深 200 ~ 300 m が限界でした。ところが 1961 年に、セミサブマーシブル(semi-submersible、以下「セミサブ」という)型掘削リグ(図 5-1 のセミサブリグ)が開発されます。リグとは井戸を掘削する装置のこと、セミサブマーシブルは半潜水型という意味です。移動時はリグ自体が浮上した状態になっていて曳船で曳航でき、目的地でバラストタンクに水を入れてリグの構造体を半分ほど水中に沈めるシステムになっています。これによって、これまで経済的な掘削ができなかった水深 100 メートル以深の海域が探査できるようになったのです。これを受けて、1977 年にはブラジルで浮体式生産設備による沖合での開発が始まります。1970 から 80 年代にかけては、北海油田、メキシコユカタン半島沖、ブラジル沖での開発が活発化します。そして、1990 年代になると、メキシコ湾の大水深海域(300 m 以深)での開発が始まり、2003 年以降の大水深海域の開発が一気に本格化します。

図5-1 掘削設備の変遷
図5-2 水深と洋上石油生産設備

 以上が海洋石油開発の流れの簡単な説明です。では、図 5-3 を見て下さい。上図は 1965 年以降の原油の生産量を陸域、浅水域、大水深に分けたものです。一方、下図は油価の推移を示しています。順調に伸びてきた陸域油田の生産量は 1979 年以降は停滞してしまいます。この前に、1973 年に OPEC による石油価格の引上げと生産量削減による第一次オイルショック、そして1979 年にはイラン革命による第二次オイルショックが起こります。この二度にわたるオイルショックは、世界の石油産業の構造、世界の経済構造までも大きく変えてしまいます。世界的に石油節約、代替エネルギー開発の動きが活発になるとともに、政治リスクの少ない地域での石油開発や自国でのエネルギー確保の動きが強くなり、高い原油価格を背景に、海洋油田の開発が進んでいくのです。1986 年には原油価格が暴落し、海洋石油開発は鈍化しますが、2003 年にはイラク戦争が勃発して再び油価が急騰し、コスト高のため敬遠されていた大水深海域の開発が一気に本格化するようになるのです。 

図5-3 油価と海洋石油開発
Shashi Shekhar Prasad Singh, JatinR. Agarwal, and Nag Mani
”Offshore Operations and Engineering” CRC Press (2019)を元に筆者作成

 このように海洋では開発費用が大きくなるので、経済的に成立するかがとても重要となります。経済的に成立しない場合には、小規模の試験はあっても、商業規模への移行はありえません。この点を十分に頭に入れておく必要があります。

 経済的な問題の他にも、海洋構造物等が生態系に及ぼす影響、船舶の通航への影響、漁業への影響などに対して十分な検討が必要です。

(2021/08/24)

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