第 11 章では「海洋エネルギー資源」に、海底石油・天然ガスやメタンハイドレートについて学びます。具体論に入る前に、今回は、まず、石油・天然ガス開発に関する基礎的事項について勉強していきましょう。
エネルギー国産化の夢
日本のエネルギー自給率は 2017 年で 9.6 %と極めて低いです。 英国が 68.2 %、フランスが 52.8 %、自給率が低いと言われるドイツでさえ 36.9 % あります。いかに日本の数値が低いかわかりますね。エネルギー安全保障について、日本はずいぶんと苦労してきました。エネルギー資源確保のため全方位・低姿勢外交を続けているのもその現れですね。
2022 年 2 月 24 日、ロシアがウクライナに侵攻し、ウクライナ戦争が勃発します。世界の国々はロシアへの経済制裁のためロシア産原油や天然ガスの輸入に制限をかけます。これが逆にロシアにエネルギーを依存する欧州をはじめとする国々を苦しめることになります。そして、エネルギー価格が世界的に高騰し、それにともなう様々な物価上昇に世界中が苦しんでいます。日本も例外ではなくエネルギー価格の高騰に見舞われ、エネルギー調達に苦慮しています。
エネルギーの獲得が困難で、原油価格が高騰している時期には、「国産エネルギー開発」のテーマが必ず出てきます。第 1 次・ 2 次オイルショック後には、各国が新エネルギーの開発に注力し、わが国も「サンシャイン計画」という一大国家プロジェクトを実施して新エネルギー開発に力を入れますが、それで新エネルギーの導入が進んだ訳ではなく、原油価格が低下したためプロジェクトは取りやめとなりました。つづいて、2008 ~ 2013 年に再び原油価格が上昇。この時期は、わが国では「海洋基本法」が成立し「海洋立国ニッポン」に向けて動き出そういう時期と重なるため、「海洋エネルギー資源の開発」がテーマとなりました。ここで対象となったのが、図11-1-1 に示した「メタンハイドレート」と「海底石油・天然ガス」です。前者については、11.3 で、後者はつぎの 11.2 で説明しようと思います。この 11.1 では、その前に石油・天然ガスについて、その成因、資源の分布、海洋石油・天然ガス開発の歴史、産油コストなど基礎的な事項を学びます。
石油・天然ガスに関する基礎的事項
石油・天然ガスの成因(有機成因説)
まず、石油や天然ガスがどのようにしてできたのかについて見ていきたいと思います。石油の成因については、有機物をたくさん含む炭素質隕石に由来するという「無機成因説」と生物由来の有機物が成因であるという「有機成因説」があり長い間議論が続けられてきましたが、現在では「有機成因説」に落ち着いているようです。「有機成因説」のあらましはつぎの通りです(図11-1-2)。
- 生物体由来の有機物が生物の死後に地中へ埋没
- 堆積岩中に存在する微生物によって分解された有機物が、常温・常圧下で有機溶媒に不溶な「ケロジェン (kerogen)」 と呼ばれる高分子化合物に変化
- 地下深く埋没していくにつれ、ケロジェンは地熱により分解され、油やガスが生成される
- 油・ガスは地下の圧力で砂岩などの浸透率の大きな層の中を上へと浸透し、油を通さない岩層(帽岩・キャップ)で遮られた「背斜トラップ」で集積し、貯留される
「背斜トラップ」の「背斜構造」とは山状の褶曲で、お椀を伏せたような恰好をしています。ここに石油・天然ガスが貯められるわけです。その下には石油・天然ガスが移動してきた浸透性の高い層が存在しています。この構造を頭に入れておいて下さい。第 13 章の 「CO2の回収・貯留(CCS)」のところで再び出てきます。
石油・天然ガスの分布と資源・埋蔵量
図11-1-3 には世界の石油の分布を示します。数字の単位は billion ton で「十億トン」です。円の大きさが量を表しており、凡例にあるように埋蔵量、在来型資源量、非在来型資源量、累計生産量に分けられています。これらの言葉の意味はこのあと説明しますが、かなり場所によって円の大きさが異なる、つまり石油が偏在していることが分かります。大きな円があるのは、中東、北米、南米です。
図11-1-4 は天然ガスの分布です。こちらの数字の単位は trillion cubic meter で「兆m3」です。これも偏在していますね。円の大きさは、まず、ロシア、それから中東、北米、東南アジアが大きいです。このようにロシアは最大の天然ガス資源国なのです。
では、後回しにした言葉の意味について勉強しましょう。まず、「資源量」と「埋蔵量」です。
- 資源量(Resources):地下に存在すると推定されるすべての炭化水素の量。原始埋蔵量ともいう
- 埋蔵量 (Reserves):資源量のうち、既発見であり、経済性があり、技術的に回収(採収)可能であり、残存している量をいう。さらに、確定度の高い順に、確認埋蔵量、推定埋蔵量、予想埋蔵量の 3 ランクに分別。通常、埋蔵量というのは確認埋蔵量のこと
- 可採年数(R/P):ある年の年末の確認埋蔵量 (R=Reserves) をその年の生産量(P = Production)で除した数値
つぎは「在来型」「非在来型」という言葉の意味です。図 111–5 に上が尖った三角形があります。真ん中で半分に割って、左が石油、右が天然ガスを表しています。さて右辺の外側に md というのが書かれています。これは浸透率(透水係数ともいう)の単位です。右側の枠に書かれている式、これがダルシーの法則と呼ばれているものです。「 単位面積当たりの多孔質の透過性物質を流れる流体の量 Q/A は、浸透率 K(透過性物質固有の性質)と単位長さ当たりの圧力降下 ΔP/L との積を流体の粘度 μで除したものに等しい」です。この浸透率は、多孔質の貯留岩(石油や天然ガスを孔の中に含有する岩)から採取する際の難易度の尺度となっています。つまり、浸透率が大きいほど、孔の中の物質が動きやすい訳ですね。今度は左辺です。ここには年号が書かれています。上にいくほど昔ですね。三角形の頂点が 1850 年、つぎが 1920 年です。井戸さえ掘れば自噴する石油を採っていた時代です。右辺でみると、数 md ~数 1000 md とあります。浸透率が大きな層から、とても動きやすい石油だけを採取していたのです。そのうち、採れやすい石油は無くなって行きますが、小さな孔の中にある動きにくい石油は残っています。時代が経つと、そんな動きにくい石油も取り出す技術が生まれてきます。このようにして、時代を経るにつれて採取技術が進歩して、採りにくい石油・天然ガスも採れるようになってくるのです。ただし、下に行くほどコストがかかります。貯留岩やオイルの種類がどんなものかを三角形の中に書いています。ここで浸透率が 0.1 md のあたりで線を引いて、それより大きい場合を在来型、小さい場合を非在来型と呼んでいます。
さて、もう一度、図11-1-3 を見て下さい。量の多い中東ですが、在来型の資源量だけで非在来型がありません。一方、北米ですが、在来型より非在来型の方が多いですね。つまり、安い石油は中東にあり、油価が上昇すると米国のシェールオイルなどの非在来型が採算に乗るようになるというわけです。
図11-1-6 に化石燃料の消費量、確認埋蔵量、可採年数をまとめています。在来型の石油の可採年数は 50 年、天然ガスが 50 年です。もう 30 年以上も前、石油の可採年数は 30 年と言っていました。ところが、石油は無くならず、むしろ増えています。あの頃、ウソを教えたのか! それは違います。生産技術の向上で、以前は経済的に困難なところも経済性を持つようになったのです。
このように見てくると、化石燃料はまだまだ枯渇することなく続きそうです。それよりも、地球温暖化の方が問題です。2050 年カーボンニュートラルなら、すでに 30年を切ってしまっています。
海洋石油・天然ガス開発の歴史
石油・天然ガスの量が増えたのは採取場所が海域へと拡大したからです。海洋石油開発の歴史については、すでに「第5章 海洋エネルギー概論 5.1 人はなぜ海に出るのか?」で説明してありますので、ここでは項目だけを挙げておきましょう。図 11-1-7 や図 11-1-8 に示す様に海洋での掘削・採取設備も進歩し、油価が上昇したタイミングでどんどん深い海域に進出していきます。
- 1947年 米・ルイジアナ沖油田(水深 6 m) 着底型海洋プラットフォーム
- 掘削・生産方式は着底式、水深200~300mが限界
- 1961 年に、セミサブマーシブル(semi-submersible、以下「セミサブ」という)型掘削リグが開発
- 1977年 ブラジル セミサブ型生産設備の運用開始
- 1970/80年代:北海油田、メキシコユカタン半島沖、ブラジル沖開発
- 1980年代 サハリンなどの氷海域でも開発
- 1990年代 メキシコ湾 大水深海域(300m以深)での開発始まる
- 2003年のイラク戦争勃発以降の原油価格の高騰により、大水深海域の開発が一気に本格化
産油コストの比較
いろいろな方式の産油コストを比較した表がありましたので、図11-1-9 として載せておきます。ブレークイーブン価格ですから、利益ゼロでの価格ということになります。中東の石油は安いですね。大水深(>1,000 feet = 300m )、超大水深( >5,000 feet=1,500m )となるとコストが高いですが、それでもシェールオイルやオイルサンドなどの非在来型より安価です。
この表と見比べるにはドル/バレル単位の油価推移のグラフが分かり易いです。シェールオイルは 2008 年頃から出始め、2018 年には日量平均 1090 万バレルと 10 年で生産量は倍となりました。しかし、コロナの蔓延で油価が暴落、生産が止まっていましたが、再び油価が上昇し、復活しています。
参考資料
- 国土交通省「海洋開発産業概論(第二版)」(2019)
- 国土交通省「海洋開発工学概論 海洋資源編(改訂第一版)」(2018)