第1章海洋についての基礎 1.3 大気の循環と海洋の循環

緯度とエネルギー収支

 前回、地球のエネルギー収支(energy budget)はとれていると書きましたが、これはあくまでも地球全体の話であって、ローカルには決してそうではありません。たとえば、図 1.6 は 2008 年の 9 月の 地球に入ってくる太陽放射(短波放射)の値から、地球から宇宙へ出ていく反射と長波放射の合計を差し引いた 正味の放射 (net radiation)をマップ化したものですが、赤道付近では正味の放射は平均すると 200 W/m2 ほどプラスになっており、一方、極付近では 逆に 200 W/m2 ほどマイナスになっています。つまり、赤道付近ではエネルギーが供給過剰、極付近ではエネルギー供給不足になるのです。

図1.6 正味の放射マップ
太陽放射から反射と長波放射を差し引いた値をマップ化したもの
出典:米国航空宇宙局
https://earthobservatory.nasa.gov/features/EnergyBalance

 どうしてこのようなことになるのでしょうか? 図1.7 を見てみましょう。図の地球の上・下(つまり北極と南極)と中央(つまり赤道)とでは太陽戸の距離や光の入射角が異っています。極付近(図1.7のa)では太陽との距離は比較的長く、斜めに入射しますので照らされている面積は比較的大きくなります。一方、赤道付近(図1.7のb)では太陽との距離は比較的短く、まっすぐに入射しますので照らされている面積は比較的小さくなります。このため地表面に届く太陽エネルギーは赤道の方が極に比べて大きいのです。一方、地球から宇宙へ長波放射されるエネルギーは赤道と極でそれほど違わないので、赤道付近ではエネルギー過剰、逆に極付近ではエネルギー不足となります。 そして、この過不足を補おうと、大気や海洋が動いて熱を赤道付近から極付近へ運びます。これが今回のテーマの大気と海洋の循環です。

図1.7 緯度と太陽照射

大気の循環

 暖められた空気は上昇します。大気が上昇すると地表では気圧が低くなり低気圧)、周囲から暖かい空気を引き込みます。このとき、「コリオリの力」が働き、北半球では流れが右側に曲げられ、反時計回りの渦が生じます。一方、冷たい空気は下降し、地表では気圧が高くなります高気圧)。従って、地表付近では中心から外へ空気が吹き出し、コリオリの力によって北半球では時計回りの渦となります。南半球では逆にコリオリの力によって流れが左側に曲げられ、低気圧が時計回りの渦、高気圧が反時計回りの渦となります。

 コリオリ力の正体は地球が自転していることに伴う慣性力です。これについては、コラム1で詳しく説明しますが、つぎの特徴があることを頭に入れておいてください。

  1. 動いている物体にしか働かない。力の大きさは、物体の動く速さに比例する
  2. コリオリの力は赤道では働かず、緯度が高いほど大きくなり、北極や南極で最大となる
  3. 力の働く向きは物体が動いている方向と直角で、北半球では右向き、南半球では左向きとなる。

 さて、先に述べたように地球は不均一に加熱されていて、赤道付近が熱く、極付近で冷たいので、赤道付近で暖められた空気は上昇して極の方向に移動し、逆に極で冷やされた空気は下降して赤道の方へ移動しようとします。すなわち、地表近くでは北半球では北風、南半球では南風が吹こうとします。ところが、実際はもっと複雑な動きになるのです。

図1.8 大気の循環
出典:https://upload.wikimedia.org/
wikipedia/commons/1/15/
Atmospheric_circulation_ja.png

 図1.8 に示すように、大気の循環は赤道から極に向けて、三つの部分に分かれます。まず、赤道付近では貿易風(trade wind)という東寄りの風が吹きます。風向きについて、ここでちょっと言葉の整理をしておきましょう。東から西に吹く風が東風です。風が吹いてくる方向で表示するのですね。東風は西向きの風です。貿易風は北半球では北東、南半球では南東の風になります。また、極付近でも極東風(polar easterlies)と呼ばれる東寄りの風が吹いています。これに対し、中緯度では偏西風(westerlies)という西よりの風が吹くのです。これはどう説明すればよいのでしょうか?

 大気循環は緯度方向に3 つに分かれます。つまり、北半球、南半球とも低緯度ではハドレー循環(Hadley circulation)、高緯度では極循環(polar vortex)が起こり、また中緯度ではフェレル循環(Ferrel circulation)が起こります。

 ハドレー循環と極循環 は低緯度で暖気が上昇し、高緯度で寒気が下降するという動きになりますから、北半球の地表付近では北寄りの風となります。ところが、地球は東に向けて自転しており、さらに球体であるため、この南北の流れに対してコリオリの力が働き、北半球では流れは進行方向に対して右側、南半球では左側にずれます。その結果、ハドレー循環と極循環は北半球では北東寄りの風となるのです。

 図 1.8 にはフェレル循環はハドレー循環、極循環とは逆方向の流れ、つまり、高緯度側で寒気が上昇し、低緯度側で暖気が下降するように描かれています。本当に寒気が上昇して、暖気が下降するという常識破りのことが起こっているのでしょうか? いいえ、決してそうではありません。中緯度地方では偏西風波動などの擾乱が支配的なため、様々な流れが生じています。それらを平均するとこのような循環になるのです。フェレル循環は地表付近では南寄りの風となります。 そして、コリオリの力が働き南西寄りの風になるのです。

 このような大気の循環を大気大循環(atmosphere circulation)と呼びます。大気大循環は地球の気候やつぎに述べる海洋の表層の循環と密接に関係しています。

海洋の循環(1) 表層大循環

 海ではほぼ同じ方向にかなりの速さで流れる帯状の流れが観測されます(図 1.9)。これを海流(oceanic current)といいます。これは深さが数百 m 程度までの表層での海水の動きであることから、表層大循環とも呼ばれています。

.図1.9 世界の海流

 北太平洋、南太平洋、北大西洋、南大西洋、インド洋に大きな環流(gyle)が見られます。この海水の循環によって、赤道付近から緯度の高い地域へ熱が運ばれているのです。北西ヨーロッパは緯度に比べて温暖ですが、これは北大西洋海流という暖流のおかげです。日本の近海にも黒潮という暖流が流れていて日本の気候に大きな影響を与えています。

 さて、これらの海流には下記の様ないくつかの特徴があります。

  1. 赤道を挟んで南北、ほぼ対称に流れている海流がある
  2. 亜熱帯地方に北半球では時計回り、南半球では反時計回りの環流が存在する
  3. 北太平洋の黒潮、北大西洋のメキシコ湾流、南太平洋の東オーストラリア海流、南大西洋のブラジル海流のように、大洋の西側に強い海流が発生している(西岸境界流(western boundary current)

 海流が生まれる理由を学びながら、上記の理由を考えてみましょう。

 海流が生まれるのは力が働いているからです。この力としては風、圧力勾配、塩分の勾配などがありますが、これらは太陽の熱が生み出したものです。表層の流れが生まれる主な原因は風です。海上を一定方向に ほぼ一定の風速で風が吹き続ける、すなわち、 吹送距離が長くなると、風による摩擦で海面が引きずられます。すなわち、風の応力が発生するのです。ここで変なことが起こります。海水の流れ(吹送流という)の方向と風の方向が一致しないのです。このことは、ノルウェーの科学者ナンセンが 1893 年から 1896 年にかけて船による北極探検の際に発見し、スウェーデンの海洋物理学者エクマンが理論的に研究しました。 実は、 吹送流はコリオリの力のために 北半球では 風の向きと直角右側(南半球では左側)の方向に運ばれているのです。これをエクマン輸送(Ekman transport)と呼びます。

 図 1.8 を見てください。貿易風という東からの風、偏西風という西からの風が吹いています。これに対して図 1.9 のように、赤道付近の海流は東から西へ、中緯度では西から東に流れています。つまり、風と海流の方向が一見、一致しているように思えます。でも、この説明は間違っています。海流の流れは風の流れに直角に動く(エクマン輸送)のですから。

 図 1.10 が答えです。エクマン輸送によって貿易風は北へ、偏西風は南への海水の流れを生みます。その結果、中央部の水位が上昇します。この水位上昇による圧力傾度とコリオリ力が釣り合う方向へと水が流れる(地衡流(geostrophic current)という)のです。図 1.10 の右側のように圧力傾度に対して直角右側に流れが生じます。その結果、図1.10 左のように時計回りの環流が発生するのです。南半球ではコリオリの力が逆に働くので、流れは逆向きになります。これが、「1. 赤道を挟んで南北、ほぼ対称に流れている海流がある」「2. 亜熱帯地方に北半球では時計回り、南半球では反時計回りの環流が存在する」の答えです。

図1.10 地衡流平衡と環流の発生メカニズム

 つぎは 3 の西岸境界流ですが、これはコリオリの力が緯度によって変化することと関係しているのですが、説明が複雑になりますのでここでは省略します。

海洋の循環(2) 深層大循環

 表層大循環に対して、数百 m 以深の深層の流れを深層大循環(abysal circulation)と呼びます。これは海水の水温と塩分による密度差によって駆動されるため、熱塩循環(Thermohaline Circulation)とも呼ばれています。

 図 1.11 に海洋の塩分(salinity)マップを示します。表層の塩分は均一ではなく、蒸発や淡水の流入によって濃淡ができています。赤道付近では海水の蒸発がさかんなため、塩分濃度が高くなります。もう一つの特徴は大西洋の塩分が太平洋より高いことです。

図1.11 海洋の塩分マップ
出典:米国海洋大気局 WORLD OCEAN ATLAS 2009
Volume 2: Salinity

 海水の密度は温度が低く、塩分濃度が高いほど大きくなります。密度が大きな海水は沈み込んでいきます。一方、赤道付近では貿易風が吹いており、前述のようにエクマン輸送によって、北半球では北へ、南半球では南へ海水が流れていきます。すると赤道付近の海水が不足しますので、深いところから海水が湧き上がってきます(赤道湧昇)。つまり、海流が深層水汲み上げポンプの働きをしているのです。

 世界の深層大循環の模式図を図 1.12 に示します。 この図は1987 年にブロッカーが海のコンベアベルト と名付けたものです。 低温で塩分の高い、密度の大きな水が主にグリーンランド南のイルミンガー海と南極のウエデル海で作られ、これらの冷い海水が深海まで沈み込んで、世界の深層に広がっていきます。海水は深層大循環により、ゆっくりと南北に移動しながら徐々に上昇し、表層循環によって東西方向にかき混ぜながら、ゆっくりと極方向に移動し、また深層に戻っていきます。一周するのに約 3000 年かかるといわれています。また、ブロッカーは、このコンベアベルトが大西洋のちょっとした塩分の違いから生じたり消えたりすると述べています。

 気象庁によれば、現在、観測によって大西洋の深層循環の変動をとらえるため、米国とイギリスが協力して北緯 26.5 度に沿った海域で共同観測を 2004 年から継続しており、今後観測結果にもとづいたより詳細な変動が明らかにされることが期待されるとのことです。また、 大西洋の深層循環の予測については、IPCC 第 5 次評価報告書 (2013) によると、21 世紀中に突然変化または停止する可能性は非常に低いが、21 世紀より後の将来については、確信度は低いが、大規模な温暖化が持続することで大西洋の深層循環が停止する可能性を否定できないとのことです。

図1.12 深層大循環の概念図
(海洋の循環を表層と深層の二層で単純化したもので、
青い線は深層流、赤い線は表層流を示す。)
気象庁ホームページ
ttps://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/
db/mar_env/knowledge/deep/deep.html

(更新 2020/08/22)

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