これまでは海洋からエネルギーを取り出すという話でしたが、本章、つぎの11・12章では海洋から「資源」を取り出す技術について勉強します。今回はバイオマス資源です。
バイオマスとは
まず、「バイオマス」とは何かについて整理しておきます。
「バイオマス」とは動植物などから生まれた生物資源の総称で、主に植物資源のことです。植物は光合成によって、吸収した CO2 を太陽エネルギーを使って有機物質に変換して成長します。そのようにして得られたバイオマスから、燃焼をはじめとするいろいろな方法でエネルギーを取り出すことができます。太陽光、水、二酸化炭素があれば再生できますから、再生可能なエネルギー資源ですね。バイオマスの利用時には CO2 が発生しますが、成長時の吸収と等量の CO2 が排出するので、CO2 排出量はゼロとみなせます。
バイオマスは古くから利用されている私たちになじみの深いエネルギー資源です。現在のバイオマスの使用量は世界の一次エネルギー年間供給総量の 10.2 %(50.3 EJ / 年)を占めています(2008 年、IPCC SRREN)。エネルギー用にどのようなバイオマスが使用されているか内訳を見ると(図 10-1-1)、80 % 以上は木材(木、枝、残渣)や低木で、薪・炭材などの伝統的利用が主となっています。その他のバイオマス資源としては、エネルギー作物、残渣、副産物など農業部門からのものが主です。
バイオマス資源の特徴はポテンシャルが大きいことです。光合成によって CO2を固定する量を「一次生産量」と呼びますが、陸の一次生産量は 60 GtC / 年になります。これに対して、海の植物プランクトンの一次生産量は、もうすこし少ない 50 GtC / 年です。陸と海の一次生産量を合わせると 110 GtC / 年で、これに炭素 1 トン当たりの発熱量 18 GJ / tC を掛け合わせると、エネルギー換算で 1,980 EJ /年 となります。世界の一次エネルギー供給量は 2010 年で 500 EJ / 年ですから、その 4 倍の量のバイオマスが生産されていることになります。また、世界全体で排出される CO2排出量は炭素換算で 9 GtC / 年ですから、その 12 倍の CO2が吸収・固定されていることになります。とても大きな数字です。
液体バイオ燃料
エネルギー用途で一番多いバイオマスは伝統的な薪炭材でしたが、石油に代わる液体バイオ燃料が開発・実用化されています。これらは使用する原料によって、つぎの様に第1世代から第3世代まで分類されます。
第1世代
- 原料:トウモロコシ、サトウキビ、小麦、てんさい、植物油などバイオマスの可食部
- 問題点:コスト、生産効率、食料と競合
第2世代
- 原料:農業残渣(麦わら、稲わらなど)、木質作物、林業廃棄物などの非可食性バイオマス
- 問題点:抽出・転換が難しい
第3世代
- 原料:海洋バイオマス(微細藻類・海藻)を含む藻類
- 特長:成長が速い、イオウを含まず、毒性低い、生分解性が高い、ある種の微細藻類は非常に多量の脂質を蓄積(乾燥細胞重量の 50 % 超)でき、容易にバイオディーゼル油に変換可能
第1世代はバイオマスの可食部を原料とするため、食料との競合が問題視されました。燃料用には多量のバイオマスが必要です。可食部を原料とすれば、食料の高騰を招きます。それに、世界には飢えに苦しむ人々が数多くいるので、エネルギーより食料の確保が優先です。そこで開発されたのが、食料と競合しない農業残渣や木質系バイオマスを原料とした第2世代のバイオマス燃料です。しかし、これらのバイオマスは難分解性のリグニンを含むため、燃料への変換が難しいという問題があります。そこで、第3世代の海洋バイオマスの登場です。これから詳細を見ていきますが、海洋バイオマスには成長が速い、イオウを含まず、毒性が低い、生分解性が高い、ある種の微細藻類は非常に多量の脂質を蓄積(乾燥細胞重量の 50 % 超)でき、容易にバイオディーゼル油に変換可能などの特長があります。
大型海藻と微細海藻
海洋バイオマスは「藻類」です。「藻類」は、酸素発生型光合成機能を有する維管束植物とコケ植物(すなわち、陸生の植物全般)以外の生物群の総称なので、とても広範な種からなります。藻類は他の植物より光合成の効率が高いのが大きな特徴です。陸生植物の光合成効率はおよそ 0.5 % ですが、藻類では 3 ~ 8 % もあります。つまり、成長速度がとても速いのです。
藻類は大きさによって2つのカテゴリーに分かれます。大型藻類(海藻)と微細藻類です。図 10-1-2 の上の写真は米国カリフォルニア沖に繁茂するジャイアントケルプで長さ 50 ~ 60 m にも達します。一方、下の写真は植物プランクトンのナノクロロフィスで、直径が 2 〜 5 μm と顕微鏡でないと見えない大きさです。図 10-1-3 に大型藻類と微細藻類の特徴を整理しました。同じ藻類でもこれだけ違うのです。
大型藻類、微細藻類ともに燃料の原料として用いられますが、これだけ性格が違うのですから、同じ方法でよいはずがありません。藻類バイオマスの主な燃料化プロセスを図 10-1-4 に整理しています。微細藻類からは水素、バイオディーゼル、メタンガスを製造するプロセス、また大型藻類からはバイオエタノール、メタンガスを製造するプロセスがあります。この後、微細藻類、大型藻類の順により詳しく説明したいと思います。
大型藻類と微細藻類の共通する特徴は以下の三点です。
- 陸生植物と違って、栽培に農地を必要としない
- 多くの種が汽水や海水で成長できる
- 単位面積当たりの収量が陸生植物に比べて大きい
1 と 2 は農地や淡水が必要な食料生産と競合しないことを意味します。食料とは違う場で勝負できるのです。3 の生産性ですが、単位面積当たりの収量が大きい陸生植物の代表株はサトウキビですが、その生産性は 10 dry-kgm-2y-1 程度です。それに対して、例えばコンブは 13.1 dry-kgm-2y-1 とさらに大きな生産性を持つのです。これが海洋バイオマスが注目される理由です。
海洋バイオマスの開発状況の概観
では、これらの海洋バイオマスはどの程度、開発が進んでいるでしょうか? 詳細は次回以降に回すとして、ここでは大雑把に動向をつかんでおきましょう。
図 10-1-5 は原油価格の推移と海洋バイオマスの動向を整理したものです。赤い線が海洋バイオマスに関する動きです。海洋バイオマス開発のブームは 2 回やってきています。最初は 80 年代の後半から 2000 年ごろまでで、第 2 次オイルショックによる油価の高騰を契機に各国で藻類燃料化のプロジェクトが進められました。日本でも 1988 年に「海洋バイオテクノロジー研究所」が設立されるなど、研究開発が盛んでした。これがいったん下火となりますが、再び油価が高騰し始めると、2007 年ころからブームが再燃します。第 2 次ブームの前には「バイオマスニッポン戦略」が作られ、国がバイオマスに注力する方針を打ち出していますし、「海洋基本法・基本計画」が制定され、「海洋」に眼が向けられた時期でした。
海洋基本計画は 2008 年に制定され、5 年ごとに見直されています。この中に海洋バイオマスがどのように書かれているかを見ていくと興味深いです。
第一期 2008年
- 「海洋産業の振興及び国際競争力の強化」の新技術の導入に「燃料化等海洋バイオマスを効率的に利活用する技術の開発・普及を推進する」と記述されている
第二期 2013年
- 「新たな海洋産業の創出 海洋バイオを活用した産業の創出」の中に、「海洋の未利用バイオマス資源の利活用を図るため、未利用バイオマス資源の収集を推進するとともに、それらを活用した産業・工業利用、エネルギー・環境問題の解決に向けた研究開発を実施する。特に、海底下微生物圏について、未知の生命機能を探索し、有効利用につなげることを目指した研究開発を実施する」との記述あり
- 「藻類による炭素固定技術及びオイル生産技術の研究開発を推進し、地球環境問題の解決に貢献する」との記述あり
第三期 2018年
- 記載なし
第二期にはたくさんあった記述が 2018 年の第三期にはなくなっています。どうやらブームは去ったてしまったようです。
2016 年 9 月には「バイオマス活用基本計画」が発表されていますが、基本方針が「地域に存在するバイオマスを活用して、地域が主体となった事業を創出し、農林漁業の振興や地域への利益還元による活性化につなげていく施策を推進」という風にバイオマスニッポン当時からみるとかなりトーンダウンしています。この中に「産業化を見据えた微細藻類等による次世代バイオ燃料の研究開発等の推進」という記述が見えます。
2015 年以降のプロジェクトにはつぎのようなものがあります。微細藻類関係の研究開発が多いです。
- 2015-2018 バイオ燃料用藻類生産実証プロジェクト[エネ庁]
- 2015-2018 土着藻類によるバイオマス生産技術の開発[エネ庁]
- 2018-2020 高速増殖型ボツリオコッカスを使ったバイオジェット燃料生産一貫プロセスの開発[NEDO]
- 2016-1018 未利用藻類の高度利用・培養型次世代水産業の創出[SIP]
- 2012-2017 藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創生のための基盤技術の創出[JST CREST]
- 2015-2021 微細藻類の大量培養技術の確立による持続可能な熱帯水産資源生産システムの構築[SATREPS]
(更新 2022/10/31)