第10章 海洋バイオマス 10.3 大型藻類の燃料化

 前回は微細藻類の燃料化の話でしたが、今回は大型藻類の出番です。最初に見たように、大型藻類は微細藻類とは異なり、形が葉状体で最大 60 m の長さに達するものもあります。大型藻類とはいわゆる「海藻」でわたしたちに馴染みの深いものです。

大型藻類の種類

 大型藻類は一般的には「かいそう」と呼ばれ、「海藻」の漢字が当てられます。もうひとつ「海草」というのがありますね。この 2 つの違いは何でしょうか? 「国土交通省:順応的管理による海辺の自然再生」によればつぎの通りです。

  • 海藻海中に生育する藻類を指し、形態は根、茎、葉の区別がないものが多く、根(付着器)は栄養を地中から吸収するためではなく、岩に固着するためのものである。増殖方法は付着器が分枝して繁殖したり、胞子や卵によって繁殖する。多くは岩礁域に生育する。よく知られる代表的な海藻は緑藻類のスジアオノリ、褐藻類のマコンブ、ワカメ、ヒジキ、モズク、紅藻類のアサクサノリ、マクサ(テングサ)などで食用になるものも多い。
  • 海草海産の種子植物を指し、形態は陸上の種子植物に似て、根、茎、葉の区別がある。根は砂泥の中に伸長して土中の栄養を吸収するが、葉からも吸収する。岩礁域に生育するものと砂泥域に生育するものがある。よく知られる代表的な海草は本州周辺で見られる砂泥域のアマモ、コアマモ、岩礁域のスガモ、エビアマモ、沖縄周辺で見られる砂礫域のリュウキュウスガモ、リュウキュウアマモ、ベニアマモなどである。

 図 10-3-1 は大型藻類の生育域を示していますが、潮間帯から潮深帯のどの深さにおいても生息しています。また、群落(藻場)を形成することが多いです。

図 10-3-1 大型藻類の生育域

 これらの大型藻類は広く利用されていて、世界全体で数千億円の市場があります。主な用途としては、食品、肥料、化粧品原料、ゲル化剤(フィココロイド)などがあります。世界中で 221 種類の大型海藻が使用されており、そのうちの 66 % が食品向けです。主に使われているのは 5 属(コンブ、ワカメ、アマノリ、キリンサイ、オゴノリ)で、栽培されている海藻の 76 % を占めています。また、ゲル化剤はアルギン酸塩、寒天、カラギーナンの三種で 86,000 トン/年生産されています。さて、このように大型藻類は食品を中心にポピュラーなものなのですが、ここでテーマとしてあげている燃料用途となるとほとんど利用されていませんし、研究開発も微細藻類にくらべてぐっと少なくなります。

大型藻類の燃料化

 エネルギー資源として見た場合、大型藻類にはいくつもの利点があります。”Oilage guide to Fuel from Macroalgae” (2010) では、つぎの 10 の利点をあげています。

  1. 高いバイオマス生産性(単位面積あたりの成長速度が陸生植物より大きい)
  2. 栽培に農地を必要としない
  3. 真水を必要としない
  4. 収穫・栽培コストが微細藻類より低い
  5. 海でのバイオマス輸送コストが低い
  6. 大規模化が容易
  7. 広大なエリアが利用可能(地球表面の 7 割)
  8. 肥料は不要か少量でよい
  9. 農薬は不要か少量でよい
  10. 間接的土地利用変化(ILUC)に関して競合しない(注:ILUC とは、バイオエネルギーの原料となる資源作物の栽培が拡大することによって、従来その農地で栽培されていた作物が収穫できなくなり、その結果、農地を新たに開拓するために森林や湿地、泥炭地等の開発が行われた場合の土地利用変化のこと)

 エネルギー用は量が多いため、バイオマスの生産に広大な土地が必要となりますから、食料生産とバッティングしない形で土地を確保することは難しいです。これに加えて、大量の水と肥料を投入する必要があります。微細藻類は使用する株は確かに海産ですが、栽培自体は陸上で管理された状態で行っています。農地以外の土地を利用するとはいえ、他の土地利用との競合問題が生じます。一方、海で栽培する大型藻類ではこれらの問題が一挙に解決してしまうのです。

 では、どのように燃料化していけばいいのか? まず、大型藻類の成分について調べていきましょう。

図 10-3-2 大型藻類の成分

 図10-3-2 の組成表を見て、大型藻類に共通する特徴は、まず圧倒的に水分が多いことです。つぎに、乾燥重量でみると、炭水化物の含有量が平均で 50 % を越えています。最後に、炭水化物を加水分解して、糖の種類を調べると、緑藻を除いて陸生植物において主となるグルコースを構成糖とする多糖類が少ないことが分かります。

図 10-3-3 大型藻類からの燃料生産プロセス

 大型藻類からの燃料生産プロセスを図 10-3-3 にまとめました。まず、栽培した大型藻類を収穫します。これを洗浄・破砕・保存・貯蔵し、エネルギー抽出工程に移るのですが、その前に乾燥するか・しないかという問題が生じます。エネルギー抽出過程では、図の下側に示す様にアルコール発酵、メタン発酵、水熱液化といった「ウエットプロセス」と、燃焼、熱分解、ガス化、トランスエステル化といった「ドライプロセス」があります。ドライプロセスに持ち込むためには乾燥が必要です。しかし、水分量がとても多いので、乾燥には多くのエネルギーが必要となりますから、乾燥しないウエットプロセスを取る方が有利と考えられます。そこで、ウエットプロセスについてもう少し詳しく調べていきましょう。

アルコール発酵、バイオエタノール

前処理 ⇒ 糖化 ⇒ 発酵 ⇒ 蒸留 ⇒ バイオエタノール

  バイオエタノールは通常、でんぷんやセルロースを糖(グルコース)まで分解(糖化)した後、アルコール発酵させますが、このとき食料と競合しない第二世代バイオマスでは、セルラーゼによるセルロースの生分解が含有するリグニンによって阻害されるという問題が起こります。大型海藻は炭化水素を多く含み、発酵のインヒビターとして働くリグニンの含有量が極めて小さいため、この点ではエタノール発酵に適していますが、前述のようにグルコースからなる多糖類を余り含まないため、フコダインやカラギーナンなどの硫酸化多糖類、マンニトール、アルギン酸、寒天、カラギーナンなどの海藻の他の炭水化物成分から製造する必要があり、これまで使用してきた微生物では対応できなくなります

 海藻の発酵によるエタノール収率は、藻類や前処理・糖化の方法によって異なりますがが、乾燥重量の 8 ~ 12 % 程度(アオサで乾燥重量の10 %、ホテイアオイで乾燥重量の 16 %という報告があります)となっています。従来のバイオマスで、この収率はどのくらいかというと、もうひとつはっきりしないのですが、稲わらで 20 % 程度の数字があり、L / kg で 30 %という目標がよく出てきます。

 海藻からエタノールを製造する時のエネルギー投資収益率(EROI)は、1.78 とコーンエタノールに匹敵すると見積もられています。この EROI は投入したエネルギーの何倍のエネルギーが獲得できたのかを指す比率で、大きいほど利用価値の高いエネルギー源ということになります(図10-3-4)。

図 10-3-4 さまざまなバイオマスからの燃料プロセスのEROI

 大規模な海藻エタノール生産の提案はあるのですが、経済的な理由から今のところ実現していません。エタノール収率の向上はもちろんのこと、より価値の高い非燃料製品の生産を含む海藻バイオマスの「総合」的な利用が必要でしょう。

メタン発酵

前処理 ⇒ 嫌気的消化(加水分解・酸生成反応・メタン発酵) ⇒ バイオガス(メタン+CO2

 メタン発酵法は、し尿、下水汚泥や食品工場廃水などの高濃度で含まれる有機性物質を嫌気状態にして、嫌気性微生物群によって分解し、低級脂肪酸の生成過程を経て、メタンと二酸化炭素に分解する方法で嫌気性消化(Anaerobic Digestion)ともいいます。

 1970 年代から 1990 年代にかけて、様々なグループが海藻の嫌気性消化の適合性を評価し、海藻がメタン発酵に適したバイオマスであることを見出しました。実際、日本では東京ガスが 2006 年に、処理量1トン/日規模の実証試験プラントにて海藻バイオマスのメタン発酵を行い、メタンガスを発生させることに成功しています。海藻からのバイオガスの使用は、天然ガスの使用と比較して、GHG 排出量を 42 % 〜 82 % 削減できることが示唆されており、さらに嫌気性消化の後に残る消化物は窒素とリンを含む化合物を含んでおり、海藻由来の肥料や生物学的供給源となる可能性があり、追加の収入源となるメリットがあります。

 得られるメタンの収量は、一般的には揮発性固形分(つまり有機物の重量)当たり 0.2 m3– CH4 / kg 程度となります。大型藻類のメタン発酵では、塩分やマンニトール、アルギン酸などの陸上植物が持たない糖質からなるので、微生物の選択が重要となります。広島大学では、前処理に水熱処理法を用い、嫌気的消化の微生物に海洋底泥を用いて、コンブからメタンの生成に成功しています。また、EROIは 3 を超えることが報告されています。

 海藻のメタン発酵は商業化に最も近いプロセスですが、経済的に実行可能であるためには、原料のコストが現在のレベルよりも少なくとも 75 %削減されなければならないという報告があります。いずれにしてもコスト削減がカギとなります。

水熱液化

 水熱液化(Hydrothermal Liquefaction)とは湿ったバイオマスを触媒の存在下、温度と圧力によってバイオオイルに変換するプロセスのことで、温度 250 ~ 370 °C 程度、圧力 5 ~ 25 MPa の亜臨界水条件で、触媒としては炭酸ナトリウム等を用います。

 この方法では、藻類の持つエネルギーの最大 75 % をオイルとして回収できるという報告があります。オイル組成としては炭素 71 ~ 76 %、水素 8 ~ 11 %、酸素 9 ~14 %、窒素 5 ~ 7 %、灰分であり、燃焼の際に発生する水蒸気の蒸発潜熱を含んだ高位発熱量(HHV)は 34 ~ 38 MJ / kg の例が報告されています(原油は 39.5 MJ / L、比重を 0.9 とすると 43.8 MJ / kg)。この方法だと、藻類の乾燥や抽出溶媒の蒸留が不要で、エネルギー的にみて実用化に有利だと考えられます。ただし、エネルギー収支はプラスとなりますが、水分が 90 % 以上ではマイナスに転じるので簡単な乾燥は必要かも知れません。水熱液化は、最近、注目されている方法で、福島藻類プロジェクトでも採用(微細藻類)されています。

まとめ

 大型藻類の燃料化をまとめますと、成長が速い、養殖できる、土地競合がないが利点として上げられますが、一方、欠点としては、海とはいっても沿岸域に限定されること、海での収穫はやはりたいへんでコスト高となることが上げられます。ターゲットが燃料だけだと、コスト的に合わない可能性が高いので、他の製品との複合利用や食品等に加工した残渣を燃料に向ければ、ビジネスとして成立する可能性が高くなるのではないかと思います。

(参考文献)

“Macroalgae-Derived Biofuel: A Review of Methods of Energy Extraction from Seaweed Biomass”; John J. Milledge, Benjamin Smith, Philip W. Dyer and Patricia Harvey; Energies 2014, 7, 7194-7222; doi:10.3390/en7117194

(更新 2022/10/31)

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