今回は「コバルトリッチ・クラスト」と「マンガン団塊」をとりあげます。どちらもマンガンが主体の鉱物資源ですが、含有するコバルトの量が違います。
マンガン団塊
まず、歴史の古い「マンガン団塊」から見ていきましょう。マンガン団塊の発見は 1872 ~ 1876 年の英国のチャレンジャー号の航海にさかのぼります。彼らは、ほぼ 70,000 海里にわたる測量と調査を行い、151 回のドレッジを用いた海底調査を行いました。ドレッジというのは布の採集器でこれを全長数キロにも及ぶロープで海底まで下ろし、泥土や生き物などを採取します(チャレンジャー号の巡洋航海)。この採取された泥の中にマリモの様な物体が入っていたのですね。
マンガン団塊の写真を図 12-3-1 に示します。直径 2 cm ~ 15 cm の球形ないし楕円形の塊が、写真左の様に水深 4,000 m ~ 6,000 m の海底の堆積物上に埋もれずに並んでいます。主成分はマンガンと鉄の水酸化物で、銅、ニッケル、コバルト等の有用金属を多く含んでいます。
チャレンジャー号以降、ただの科学的興味の対象だったマンガン団塊でしたが、1960 年代に将来の銅、ニッケル資源等として有望であることが指摘され、探査活動が盛んになります。1970 年代には米国、フランス、続いてドイツ、日本、ロシアが大規模調査航海を実施します。このとき日本初の海洋地質船「白嶺丸」が建造されています。後で述べるように、マンガン団塊は主にハワイ沖の海域(マンガン銀座と呼ばれる)で産出されますが、ここは「公海」に当たり(「第1章海洋についての基礎 1.5 海は誰のものか?」参照)、1982 年に国連海洋法条約が成立すると「深海底及びその下の資源は人類の共有財産として扱うべき」という観点から、1994 年に設立された国際海底機構(ISA)が管理することになりました。日本もハワイ東方のマンガン銀座に 75,000 km2の鉱区を持っています。
マンガン団塊の分布に関する特徴はつぎの通りです。
- 水深 4000 ~ 6000 m の海底に存在
- 太平洋やインド洋の深海の大きな盆地(海盆)に広く分布する
- 堆積物の上に存在しており、埋もれていない
- 濃集率:5 ~ 30 kg / m2
最後の「凝集率」について説明しておきましょう。岩石から金属元素を経済的に取り出すには、金属がある程度濃集している必要があります。その金属が経済的に取り出せるほど濃集しているところを「鉱床」といいますが、鉱床とみなせる最低濃集率は 5 ~ 10 kg / m2以上です。マンガン団塊の凝集率は:5 ~ 30 kg / m2 ですから、経済性を持つレベルです。ただし、水深 4000 ~ 6000 mという深海です。採取は並大抵ではありません。
先ほど述べた国際海洋機構が管理するハワイ沖のマンガン銀座の鉱区を図 12-3-2 に示します。日本は東西二カ所、合わせて 75,000 km2 を鉱区として持っていて、ここで調査を続けています。なお、ここでの平均凝集率は 10 kg / m2 です。
コバルトリッチ・クラスト
さて、マンガン団塊はマンガンと鉄の水酸化物を主成分とする鉱物なのですが、別の形態を持つ同じような成分の鉱物が見つかっています。それがマンガンクラストです。クラスト(crust)とは、物体の外側にある堅い部分を指す言葉で、ピザの生地をクラストいいますが、同じような皮膜が海山斜面から山頂部にかけて、岩盤の表面に数cm厚で発達しているのです。このマンガンクラストはマンガン団塊と同じく、チャレンジャー号の調査で見つかっています。このマンガンクラストのうち、コバルトを多く含むものを「コバルトリッチ・クラスト」と呼びます。
図12-3-3 はマンガン団塊とコバルトリッチ・クラストの組成を比較したものですが、コバルトの量がマンガン団塊の約 3 倍になっています。陸上のマンガン鉱に比べてもコバルト量は 5 ~ 10 倍です。コバルトは電池の正極材等に用いられるレアメタルで、EV や様々な電化を背景として需要の増大が見込まれるものです。
コバルトリッチクラストは、公海の海底に加えて我が国周辺海域にも存在することが判明していて、水深 800m~2,400m 付近の海山平頂部といった海洋鉱物資源の中でも比較的水深の浅い箇所に分布しています(図12-3-4)。水深が浅いことは、マンガン団塊などに比べて採取が比較的容易で、経済性が高いことを意味します。
マンガン団塊もマンガンクラストも海水中のマンガンと鉄が沈殿したもので、マンガンクラストは海水から直接沈殿したもの、一方のマンガン団塊は沈殿物が岩石片、固結した泥、サメの歯などの核を中心に固まったものといわれています(図12-3-5)。
さて、コバルトリッチ・クラストは海山の平頂部でできるわけですが、世界の海山はその 57 % が太平洋に集中しています。特に注目されている海域が、図 12-3-6 の左側に示す Pacific Prime Crust Zone(PPCZ)で、この海域のコバルトリッチクラスト総資源量は 75.3 億トン(乾燥重量)と推定され、これはコバルトが陸上の約 4 倍、イットリウムが陸上の約 3 倍、テルルが約 9 倍、タリウムが約 1,700 倍に当たります。そして、わが国の南鳥島 EEZ そして大陸棚延長した小笠原海台がその PPCZ に重なっているのです(図 12-3-6 右、図 12-3-7)。
図 12-3-7 の青の部分が日本周辺のコバルトリッチ・クラストの分布です。左から「小笠原海台」「南鳥島 EEZ」そして公海地区です。この三カ所で調査が行われています。
- 公海 ISA 鉱区:2018 年度までに、83 地点、193 孔で海底着座型ボーリング。2023 年末に有望地区 1,000 km² を絞り込む
- 南鳥島 EEZ:海底着座型ボーリングによる試料採取等により、候補地として拓洋第 5 海山に絞り込み、資源ポテンシャル調査を実施する(JOGMEC によるこれまでの調査結果から、拓洋第5海山には電池材料として不可欠なコバルトが日本の年間消費量の約 88 年分、ニッケルが約 12 年分存在することが期待されている)
- 小笠原海台:2016 年度に海底着座型ボーリングによる掘削を実施し、賦存状況を確認
採取技術については、JOGMECは 2020 年 7 月に南鳥島南方の排他的経済水域に位置する拓洋第 5 海山平頂部(水深約 930 メートル)において、海底熱水鉱床用に開発した採掘機をクラスト用に改造して掘削試験を行い、海底の傾斜地や砂地を含む諸条件の下、掘削効率や走行性能などの掘削技術に関するデータを取得するとともに、649 キログラムのクラスト片等を回収したニュースリリースしています。
図 12-3-9 がコバルトリッチ・クラストの工程表です。2028 年末までに、資源量評価、採鉱・揚鉱・選鉱・精錬の技術開発を総合的に評価・検証し、民間企業による商業化の可能性を追求することになっています。今後の動きが楽しみですね。
参考文献
国交省「海洋開発工学概論海洋資源開発編(改訂第一版)」(2018)