第3章エネルギーの基礎 コラム3.1 2050年カーボンニュートラルとは

 3.4 で「カーボン・ニュートラル」という言葉がでてきました。ここ最近、この言葉をいろいろなところで目にするようになりました。気候変動抑制に向けての政府方針では、「カーボン・ニュートラル」を「国のカーボン排出量を実質ゼロとする」という意味で使っていますが、このような使い方をするようになったのはごく最近だと思います。このコラムでは、「2050年カーボン・ニュートラル」の意味について考えてみたいと思います。

カーボンニュートラルとは何か?

 「カーボン・ニュートラル」という言葉は以前からありました。たとえば、「バイオマスは大気中のCO2を吸収して成長するので、燃やしても吸収した分しかCO2を排出しない、だから『カーボン・ニュートラル』なのだ」という使い方をしていました。辞書を見てみますと、例えば Mercian-Webster では 2 つの定義が示されています。

Definition of carbon-neutral 

: having or resulting in no net addition of carbon dioxide to the atmosphere 

// Wood-fired electricity qualifies as carbon-neutral because the carbon dioxide the generators emit would have been released anyway as trees die and decompose.— Boston Globe,  8 May 2009

counterbalancing the emission of carbon dioxide with carbon offsets

// … advertises itself as the first carbon-neutral polymer producer—though to meet that claim it has to purchase carbon offset certificates for the energy needed for the process.— Jessica Marshall,  New Scientist,  7 July 2007

https://www.merriam-webster.com/dictionary/carbon-neutral

 一つ目は「大気中に二酸化炭素の正味の追加がない、もしくは追加を生み出さない」という意味で、例に上がっているのは先程説明したバイオマスです。二つ目は「二酸化炭素の排出をカーボン・オフセットと均衡させる」です。このカーボン・オフセットですが、「二酸化炭素や他の温室効果ガスの大気中への排出を埋め合わせる行為や活動」と説明があり、例として植林や炭素隔離があげられています。具体例としてあげている New Scientist の記事には、「初めてのカーボン・ニュートラルなポリマーの製造者であると宣伝しているが、プロセスに必要なエネルギー対するカーボンオフセット証書を購入しなければならないという主張もある」とあります。つまり、カーボン・ニュートラルとするために、他から CO2 削減の証書を買って埋め合わせているわけです。これらの例の様に、これまでの使い方はバイオマスや製品という様に、比較的狭い範囲の中で排出と吸収をバランスさせる話になっていますが、最近使われている「カーボン・ニュートラル」はもっと広範囲、「国規模」や更には「地球規模」で、排出と吸収をバランスさせることを意味しています。コラム 2.2 で説明した「パリ協定」の第 4 条の「今世紀後半に温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡を達成する」の概念です。これは地球規模の「カーボン・ニュートラル」ですね。ただし、パリ協定の時点では「カーボン・ニュートラル」という言葉は出てきません。

「カーボン・ニュートラル」と似た用語に「 Net zero CO2 emissions(二酸化炭素排出実質ゼロ)」と「climate neutrarity(気候ニュートラル)」がありますが、IPCC の 「1.5 ℃ 特別報告書」の用語集では次のように説明されています。

  • Carbon neutrality  See Net zero CO2 emissions(⇒ですから、「カーボン・ニュートラル」と Net zero CO2 emissions は同じものです)
  • Net zero CO2 emissions  Net zero carbon dioxide (CO2) emissions are achieved when anthropogenic CO2 emissions are balanced globally by anthropogenic CO2 removals over a specified period. Net zero CO2 emissions are also referred to as carbon neutrality(⇒特定の期間内に人為的な CO2 排出を人為的な CO2吸収と地球規模でバランスさせる、となっています。吸収も人為的なものでないといけないわけです)
  • Climate neutrality  Concept of a state in which human activities result in no net effect on the climate system. Achieving such a state would require balancing of residual emissions with emission (carbon dioxide) removal as well as accounting for regional or local biogeophysical effects of human activities that, for example, affect surface albedo or local climate. See also Net zero CO2 emissions(⇒人間の活動が気候システムに実質的な影響を与えない状態を表す概念。その達成には、人間の活動の地域あるいは局所的な生物地球物理学的影響(例えば、地表面アルベドや局所的な気候への影響)を見積もるとともに、削減しきれない排出を排出の除去(二酸化炭素)とバランスさせることが必要、とあります)

 つまりカーボン・ニュートラルは「二酸化炭素排出実質ゼロ」と同じ概念であり、気候ニュートラルはより広い概念なのです。

2050 年カーボンニュートラル導入の経緯

 では、なぜ 2050 年にカーボン・ニュートラルなのでしょうか? これには、2018 年に IPCC が出した「1.5 ℃ 特別報告書」が深く関係しています。

 この報告書は 2015 年に開催された第 21 回国連気候変動枠組条約(UNFCCC)締約国会議(COP21)において、「工業化以前の水準から 1.5 °C の気温上昇にかかる影響や関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関する特別報告書」を作成する様に IPCC に要請された事を受けて作成されたものです。報告書にある「気温上昇を 1.5 ℃に抑制するための排出経路」についての図を下記(FIGURE SPM.3A)に示します。縦軸が 1 年間の CO2実質排出量、横軸が年です。気温上昇を 1.5 ℃ に抑制するためには、どんどん CO2排出を減らしていくだけではダメで、実質排出量を負、すなわち吸収側に持っていく必要がある事が示されています。この図の下に 「Timing of net zero CO2」 というグラフはカーボン・ニュートラルとするタイミングを表しています。これによれば、1.5 ℃ 上昇に抑えるためには、2040 年代の中頃から 2050 年代の中頃までに実質CO2排出量をゼロにしなければなりません。幅があるのは、4つの異なるシナリオを想定しているからです。その説明が FIGURE SPM.3B 抜粋です。左から P1:低エネルギー需要社会、P2:持続可能な社会、P3:中位、P4:化石燃料中心に発展する社会という異なるシナリオがあり、この順に CO2 排出量が大きくなっていきます。この異なるシナリオによる幅の中央値が 2050 年なのです。つまり、2050 年にカーボン・ニュートラルとするのは、気温上昇を 1.5 ℃ に抑えるためなのです。

IPCC SR1.5 FIGURE SPM.3A
IPCC SR1.5(2018) FIGURE SPM.3B 抜粋

 「パリ協定」の「今世紀後半に温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡を達成する」という文言は、実は気温上昇を 2 ℃ に抑制することを意識して書かれたものです。上の図で、カーボン・ニュートラルとするタイミングが 2060 ~ 2080 年になっていますね。今世紀後半です。パリ協定には「世界全体の平均気温の上昇を工業化以前よりも 1.5 ℃ 高い水準までのものに制限するための努力する」という、さらに進んだ努力目標があります。 IPCC はこの 「気温上昇1.5 ℃ 抑制」の必要性を報告書にまとめるように求められ、その報告書を提出したところ、世界は気温目標を 2 ℃ ではなく、より厳しい 1.5 ℃ とする方向に動き、「2050 年カーボン・ニュートラル」という概念が動き出したのです。

世界の動き

 では、「1.5 ℃ 特別報告書」の発表以降の世界の動きはどうだったのでしょうか? 時系列的に眺めてみたいと思います。

  • 2018 年 10 月 IPCCが「1.5 ℃ 特別報告書」を公表
  • 2018 年 12 月 COP24(ポーランド)にて「1.5 ℃ 特別報告書」が議論される。「歓迎する(welcome)」採決を行ったが、米国、ロシア、サウジアラビア、クウェートが反対し、最終的に「歓迎」ではなく、「留意(take note)」という表現に改めて採択し、さらに検討を続けることになった。しかしこの時点で、すでに複数の国が国別削減目標の引き上げを表明しており、また英国、フランス、スペイン、EU などは 2050 年カーボン・ニュートラルを長期目標とする方向で動いていた。(参考:田村「世界はIPCC1.5℃報告書をどう受け止めたか」
  • 2019 年 5 月 ドイツのメルケル首相が2050年カーボン・ニュートラルに向けての工程表策定を表明
  • 2019 年 6 月 英国とフランスで温室効果ガス削減目標を 2050 年までにカーボン・ニュートラルとすると上方修正する法案が可決・成立
  • 2019 年 9 月 国連気候行動サミットでチリの先導により「Climate Ambition Alliance」が発足
  • 2019 年 12 月 COP25:73 か国が NDC を強化して提出する意思を表明
  • 2019 年 12 月 EU は 2050 年までにカーボン・ニュートラルを達成するためのロードマップ「欧州グリーン・ディール」を発表
  • 2020 年 3 月 EU は「欧州気候法」(European Climate Law)を提案
  • 2020 年 3 月 日本政府は従来の 2013 年度比で 26.0 % 削減という目標を据え置く
  • 2020 年 10 月 日本:菅義偉首相が所信表明演説で「2050 年カーボンニュートラル」を宣言
  • 2021 年 3月 日本:「2050年までの脱炭素社会実現」との目標を基本理念として明記した「地球温暖化対策推進法改正案」を閣議決定

日本・米国が賛成し、2050年カーボン・ニュートラル一色となった

 時系列的に見ると、ヨーロッパは「1.5 ℃ 特別報告書」を受けて、いや報告書の前から 2050 年カーボン・ニュートラルに舵を切って動いていたことは明らかです。これに対して、日本の動きは世界からかなり遅れています。そして、菅内閣になると世界に追いつけとばかりに、急いで「2050 年カーボン・ニュートラル」に向けて突き進んでいるように見えます。

 昨年 12 月の段階で 2050 年カーボン・ニュートラルに賛同した国は 123 カ国・1 地域となっています。米国はトランプ大統領当時はパリ協定脱退の立場でしたが、バイデン大統領となって 2050 年カーボン・ニュートラルの方向に動いています。なお、中国は 2060 年カーボン・ニュートラルを表明しています。このように世界はカーボン・ニュートラル一色となってきました。

 では、カーボン・ニュートラルにするためには何をしなければならないのでしょうか? 「2050 年カーボン・ニュートラル」はわが国にとって、ほんとうに実現可能な目標なのでしょうか? これについては、次のコラムで考えていこうと思います。

経済産業省「2050年カーボンニュートラルを巡る国内外の動き」(令和2年12月資料3)

(更新 2021/03/03)

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