前回の最後に、現状の GHG 排出量レベルは高く、各国のNDCを集めた排出量レベルもパリ協定の 1.5 ℃ や 2 ℃ 目標を達成する軌道から乖離していることを述べました。すでに気温を 1.5 ℃ 以下に安定化させることは困難な状況になっています。パリ協定の目標である 2 ℃ 以下にするためには大幅な排出削減を必要とし、また気温を安定化させるためには正味の CO2排出量をゼロにする必要があります。NDC のレベルで 2030 年まで推移させ、それ以降に一気に排出量を大幅削減する方法も考えられますが、こういった将来にツケをまわすやりかたでは、その大きく膨らんだツケを解消するのは不可能に近いので、ともかく早く行動を起こすことが重要だと述べました。では何をしなければならないのか? 今回はパリ協定の気温目標と現状のギャップを埋めるためにどうすればよいのかという視点で、IPCC 第 6 次評価報告書の第 3 作業部会報告書を読んでいきたいと思います。
2030年までに排出量を少なくとも半減させるため、すべての部門で今できる対策がある
下の図は第 6 次評価報告書第 3 作業部会報告書のプレス・カンファレンスで使用されたスライドです。「2030 年までに排出量を少なくとも”半減”させるため、”いま” すべての部門でできる対策がある」という強い調子の宣言文があり、その下に需要とサービス、エネルギー、土地利用、産業、都市、建物、運輸の 7 つの部門がならべられています。
これらは報告書の第 5 章~第 11 章にあたり、報告書ではさらに「第 12 章 部門横断的視点」が加わります。報告書の構成はこんな具合です。
- 第 5 章 緩和の需要、サービス、及び社会的側面
- 第 6 章 エネルギーシステム
- 第 7 章 農業、林業、その他の土地利用(AFOLU)
- 第 8 章 都市システム及びその他の居住地
- 第 9 章 建物
- 第 10 章 運輸
- 第 11 章 産業
- 第 12 章 部門横断的視点
宣言文にある「2030 年に排出量半減」というのは、1.5 ℃ 目標の軌道レベルです。つまり、気温上昇を 1.5 ℃ に抑えるモデル経路が使用している対策を部門毎に見ていくことになります。
下の図 SPM.5f は、GHG 排出量が正味ゼロに到達するすべての経路を対象として、正味ゼロに対する部門の寄与を示したものです。棒グラフは対象とするすべての経路の排出削減量の中央値で、縦棒が 5 ~ 95 パーセンタイルの範囲です。部門別の寄与を見ると、図の上から、建物部門で直接削減される CO2排出量、同部門の間接的に削減される CO2排出量、産業部門の直接と間接、運輸部門の直接・間接 となっています。「直接排出」とは各需要部門での燃料使用による排出であり、「間接排出」とはエネルギーの供給側での排出になります。部門別寄与のグラフの右隣は直接・間接 CO2排出削減量をまとめたものです。さらに一番右のグラフは、土地利用と林業部門(LULUCF)からの CO2排出削減と CO2 以外のガスの排出削減で、こられを加えてネットの GHG 排出量がゼロとなるわけです。
土地利用はあとで考察するとして、それ以外の CO2排出削減についてみると、間接排出量の削減、つまりエネルギー供給側での削減がざっと 60 %を占め、需要側での直接排出量の削減が残りの 40 % になり、その内訳は建物が 8 %、産業と運輸がともに 16 %となります。このように、ネット GHG 排出ゼロに対して寄与が大きいのは、まずエネルギーシステム、それに続いて産業、運輸です。そこで寄与の大きなこれらの部門について、モデルではどの様な対策が含められているのか見ていくことにしましょう。
もうひとつ、下の図 SPM.5e を見て下さい。こちらは、ネットゼロ CO2 時の各部門の寄与を表す図ですが、右側に 5 つの棒グラフが並んでいますね。これは例示的緩和経路(IMPs)と呼ばれるものです。この 5 つはシナリオが異なっています。GS は現状政策からの漸進的な対策強化(gradual strengthening of current policies)、Neg はネガティブエミッション技術の活用促進(extensive use of net negative emissions)、Ren は再生可能エネルギー(renewables)、LD は低エネルギー需要(low demand)、SP は持続可能な開発への移行(shifting pathways)と、それぞれ力点の置き方が違うモデルシナリオになります。これらについて詳しく説明はしませんが、すべての経路でゼロより下に伸びる棒があることに注目してください。ここは Sink つまり吸収源の領域で、オレンジがエネルギー供給でのネガティブエミッション、緑が土地利用と林業部門(LULUCF)での吸収です。この大きさはどのモデルシナリオでも Sources と書かれた排出側の CO2(灰色:CO2以外のガスを除いた部分)と釣り合っています。つまり CO2排出をゼロにすることができないため、残ってしまう CO2 を土地利用やネガティブエミッションなどの吸収で相殺しているのです。シナリオによって程度は異なりますが、かなりの量を吸収に頼っていますね。そこで、この吸収技術についても見ていくことにします。
エネルギーシステム
エネルギー部門の緩和策を幅広く展開することで、今後 10 年間に排出量を削減し、2030 年以降にさらに大きな削減を実現することができます。逆にいえば、エネルギーシステムの CO2 や GHG 排出量を急速かつ大幅に削減しない限り、温暖化を 2 ℃ や 1.5 ℃に抑制することはできません。エネルギー部門が要なのです。
どういう排出削減メニューがあるかというと、SPM の C4 のヘッドラインでは、つぎの様に述べられています。
C.4 エネルギー部門全体を通してGHG 排出量を削減するには、化石燃料使用全般の大幅削減、低排出エネルギー源の導入、代替エネルギーキャリアへの転換、及び省エネルギーなどの大規模の転換を必要とする。排出削減の講じられていない化石燃料、インフラの継続的な設置は、高排出量を「ロックイン(固定化)」する。(確信度が高い)
化石燃料の大幅削減、低排出エネルギーの導入、省エネルギー、代替エネルギーキャリヤへの転換、比較的にあたりまえのメニューが並んでいますね。ポイントはこれらを徹底的に実施することなのです。ここに書かれていることは、連載講座「海ーエネルギー・環境」の「第3章エネルギーの基礎 コラム3.2 2050年カーボンニュートラルに向けてなすべきこと」で書いたこととまったく同じです。どうかそちらも見ていただきたいと思います。
まず、化石燃料の大幅削減ですが、化石燃料の使用を最小限にし、それでも残る化石システムには CCS(CO2 の回収・貯留)を使用します。
つぎの、低排出エネルギー源の導入ですが、CO2 を排出しない電力システムを構築します。その中心は再生可能エネルギーでこれに原子力が加わります。これらの CO2 を排出しない電力で最終消費部門を可能な限り電化していくことになります。再生可能エネルギーを主な動力源とする電力システムはますます実行可能なものなっており、いくつかの国や地域の電力システムでは、すでに自然エネルギーが大部分を占めています。ただし、エネルギーシステム全体を再生可能エネルギーで供給することにはかなり課題が多いのです。再生可能エネルギーがエネルギーシステムの中で大きな割合を占めるようになるための様々なシステム的な解決策が現れてきています。システム統合、部門間の結合、エネルギー貯蔵、スマートグリッド、需要側のマネージメント、持続可能なバイオ燃料、電解水素とその派生物、その他といった幅広いオプションが最終的に必要とされます。
電化に適さない用途では代替エネルギーキャリアへの転換が必要となります。エネルギーキャリアには持続可能なバイオ燃料、低排出の水素及び誘導体などがあります。エネルギーキャリアとしての水素については、技術要約のボックス TS.9「エネルギー・キャリアの変革。電化と水素」に詳しく述べられていますので、そこからポイントとなる記述を拾い出してみます。
- 低炭素エネルギーシステムは最終用途の電化に大きく依存すると予想される。現在、化石燃料に大きく依存しているビルや産業の暖房、輸送、その他の用途に GHG 排出量の少ない電力を用いる。 しかし、すべての最終用途で短中期的に、また商業的に電化できるわけではなく、多くは低 GHG の液体・気体燃料、すなわち水素、アンモニア、低 GHG 水素、酸素、炭素源(最後は CCU、バイオマス、または DAC からの)から作られる生物起源あるいは合成された低 GHG 炭化水素を必要とするであろう。
- 水素と水素誘導体の将来の役割は、電気分解(「グリーン」)、バイオガス化、および CCS を伴う化石燃料改質(「ブルー」) などの生産技術が、どれだけ速く、どれだけ大きく向上するかによる。
- 一般論としては、またすべての部門において、電気を直接利用する方が効率的であり、水素、アンモニア、または低 GHG 炭化水素製造時の変換段階が増えるほどロスが大きくなる。
- 水素は、さまざまなクリーンなソースから生産された電気に時間と空間のオプション価値を与え、水素として、燃料電池やタービンを使って貯蔵可能な電気として、あるいは産業用原料として使用することができる。
- さらに、電化と水素には、電気モーター、パワーエレクトロニクス、ヒートポンプ、バッテリー、電気分解、燃料電池などのさまざまな共生的な汎用技術が含まれており、部門によって用途は異なるが、ともにイノベーションと生産規模利益の経済が働く。最後に消費地では大気汚染物質を発生させない。
- 電気への切り替えが容易であるということから、水素は建物にとって支配的な経路になるとは考えられない。暖房、冷房、その他の建物のエネルギー需要に直接電気を使うことは、ボイラーや燃料電池などで水素を燃料として使うよりも効率的である。
- 電気の送配電は多くの地域ですでに発達しているが、水素のインフラは、化学工業のパイプラインを除いて基本的に存在しない。同時に、技術が十分に進歩すれば、水素を現場貯蔵に利用できる可能性がある。
- 個人輸送や軽貨物輸送のいくつかの形態では、すでに電化が進んでおり、柔軟性のためのビークル・ツー・グリッド・ソリューションは、文献や小規模なパイロット試験で広く検討されている。輸送における水素の役割は、技術がどこまで発展するかによって決まる。現在、小型車には、水素や燃料電池よりも電池の方が魅力的な選択肢である。
- 水素とアンモニアやメタノールなどの水素由来の合成燃料は、大型車、船舶、航空において、より重要な役割を果たす可能性がある。
- 将来の水素需要(窒素肥料や鉄鋼生産の還元剤など)も、水素貯蔵と柔軟な生産サイクルによる電解で電力需要の柔軟性を確保できる。工業における水素と水素キャリアの主な用途は、工業の電化が進むにつれて、エネルギーよりもむしろ原料(例えば、アンモニアや有機化学品など)として使われるようになると予想される。
最後の省エネルギーですが、エネルギーシステム全体を物理面・制度面・運用面でより大きく統合することが必要となります。
これらに加えて、エネルギー部門で残ってしまう排出量を相殺するために、CDR (二酸化炭素の除去)が必要となります。これについては、最後に述べます。
カーボンニュートラルの際のエネルギーフローはどのようなものになるのか? これについて、TS の図を紹介します。一番上の、パネル a が現状、2019 年の姿です。これに対して、パネル b、c はネット CO2ゼロの場合の例です。b と c はシナリオが違います。2019 年の最終エネルギー消費は 418 EJ、これに対して、パネル b は 133+137+97=367 EJ で現状の 88 %、つまり最終消費側で省エネを進め、極力化石エネルギーを使わず、CCS に依存しないケース。一方、パネル c は最終消費が 449 EJ で、2019 年より大きくなり、化石燃料は CCS 付きにしてそのまま使用を続けるというケースです。同じネット CO2 ゼロでもこれだけの開きがあります。
最後に 2030 年までにどんなオプションがどのくらい寄与するのか、またその時のコストはどれくらいのかについてのデータが図 SPM.7 にありますので、エネルギーのところを切り出して紹介します。さまざまなエネルギー関連の緩和オプションがならんでいて、横棒でそれぞれの 2030 年時点の正味の排出削減のポテンシャル(GtCO2-eq/yr)が示されています。図の説明は次の通りです。
「コストは、温室効果ガス排出を回避するための正味のライフタイムコストである。コストは参照シナリオの技術との比較で算出されている。(中略)緩和ポテンシャル(横軸)は、それぞれの緩和オプションが排出量ベースラインと比較して達成可能な正味の温室効果ガス排出削減量である。温室効果ガスの正味の排出削減量とは、排出量の削減と吸収量の増強の合計である。使用されたベースラインは、 AR6 シナリオ・データベースの現行政策(~ 2019 年)参照シナリオ(25 / 75 パーセンタイル値)からなる。(筆者訳)」
つまり、AR6 シナリオ・データベースの現行政策(~ 2019 年)参照シナリオの排出量とそのときの緩和オプションのコストがまずあって、それとの比較で 2030 年の緩和ポテンシャルやコストが示されているのですね。棒の色分けはコスト別にポテンシャルを分解したもので、青はリファレンスシナリオで想定しているそれぞれの技術のコストより低いもの、オレンジは 0 ~20 米ドル / tCO2-eq 高いもの、つぎが 20 ~ 50 米ドル / tCO2-eq 高いもの……となります。
図から明らかなように、エネルギー関連の緩和オプションの中でポテンシャルがもっとも大きいのは風力と太陽光で、2030 年時点でかなりの部分が現行よりコストが安くなります。量が増えるにつれ、コストが増加しますが風力は最大 20 ~ 50 ドルアップ、太陽光は最大 50 ~ 100 ドルアップとなり、他の技術よりもずっとコストが低くなっています。
だいぶ長くなってきましたので、この続きは次回「IPCC 第 6 次評価報告書 第 3 作業部会報告書を読む(4)」にまわしたいと思います。