IPCC第6次評価報告書 第3作業部会報告書を読む(4)

 今回は前回の続きで、エネルギー以外の部門における対策として「産業部門」と「運輸部門」について見ていきます。

産業

 最初は産業部門です。SPM のヘッドラインはつぎのようになっています。

C.5 産業部門由来の CO2排出を正味ゼロにすることは、困難であるが可能である。産業由来の排出量の削減には、削減技術や生産プロセスの革新的変化とともに、需要管理、エネルギーと材料の効率化、循環型の物質フローなどの全ての緩和対策をバリューチェーン全体で促進するためのの協調行動を伴う。 産業由来の GHG の正味ゼロ排出への推進は、低及びゼロ GHG 排出の電力、水素、燃料と炭素管理を用いた新しい生産プロセスの導入により可能となる。(確信度が高い

 最初の文章が示しているように、産業部門の排出ネットゼロはかなり困難です。それはなぜなのか答える前に、産業部門の構造をおさらいしておきましょう。ところが、この構造が分かる図が第 6 次評価報告書にはないのです。しかたがないので、前回の第 5 次評価報告書の図を使います。

IPCC第5次評価報告 WG3報告書 Figure TS. 25

 この図には産業部門のサプライチェーンと CO2 排出との関係が整理されています。左端が鉄鉱石、石炭、石油、石灰石などの「資源」の採取で、この段階でもエネルギー投入が必要で、それにともなう CO2 排出があります。ここで採取された資源はつぎの素材産業の原料(Feedstock)となります。素材産業では、大量のエネルギーを投入して(その結果、大量の CO2を排出して)、これらの原料から鉄鋼、基礎化学品、セメントなどの「材料(Material)」を製造します。そして、建設を含む各種産業で、これらの材料が成型・加工・組立されて、私たちが使用する様々な「製品(Product)」が作られていくのです。これらの製品は社会の中でストックされています。製品にはすぐに消費されしまうものから、建物のように何十年も使われるストック期間が長いものがあります。廃棄された製品の一部は再使用(Re-use)されたり、リサイクルによって循環しますが、大部分は燃焼されたり(エネルギーを回収)、埋め立てされたりします。さて、製品は私たちにさまざまなサービスを提供します。製品を使用する(例えば、車を運転する、テレビを観る)に際してはエネルギーが必要(車を動かすためにガソリン消費、テレビを観るために電気を使用)で、それにともなう CO2 排出があります。そして最後、私たちがどのくらいサービスを必要とするのかが問題になるのですが、これが需要(demand)です。

 サプライチェーンの図にはエネルギー投入の矢印と CO2 排出の矢印が示されています。矢印の太さが量を表しています。量が大きいのは、製品の使用時を除くと、素材産業での材料製造時ですね。ここでの省エネルギーをいかに行うか(図の①)、CO2 排出をいかに抑えるか(図の②)が CO2 排出削減にとって非常に重要です。つづいて製品(product)の製造段階では、材料の歩留まりをいかに高くするか(図の③a)、設計段階でいかに材料を減らしていくか(図の③b)がポイントとなります。使用段階では、例えば車の燃費向上のように製品のサービスをいかに高めるか(図の④)が重要な課題です。そして最後の需要ですが、どのくらい車を必要とするかといった問題で、例えば、職住一致を徹底して車の要らない社会をつくれば、需要を減らすことができ、その結果 CO2 排出を減るわけです。さらに、リサイクルやリユースを増やせば、バージン材を作る必要がなくなり、CO2 排出量を減らすことができますので、これらを容易にする制度設計やリユース・リサイクルしやすい商品設計などが重要になってきます。このように、産業部門は構造が複雑で、CO2 排出削減にはサプライチェーン(=バリューチェーン)全体で取り組んでいく必要があるわけです。さきほどの SPM のヘッドラインに、「全ての緩和対策をバリューチェーン全体で促進するためのの協調行動を伴う」とあるのはこの事です。

 さて、産業部門の排出ネットゼロですが、それが難しいいくつかの理由があります。第一は加熱プロセスなどは電化できるとして、製造プロセス本体など電化が難しい部分がいくつもあります。水素を用いて解決できる部分もありますが、すべてではありません。例えば、製鉄プロセスでは現状の CO による高炉での鉄鉱石の還元は発熱プロセスですが、水素による還元は吸熱プロセスで別途加熱が必要です。このため、高炉法の様な大型の生産プロセスを採ることができません。生産性が悪いということはコストが高くなることを意味します。第二に産業部門では「製品」を製造するのであり、「製品」は世界レベルで競争しています。排出削減をすることでコストが上がれば、競争に負けてしまいます。ですから、先頭をきって排出削減することに躊躇するのですね。この問題を解決するには、排出削減が競争に打ち勝つためのメリットとなる仕組みを世界的に歩調を合わせて作っていくことが重要です。このような事から、産業部門では効率向上、リユース・リサイクル、廃棄物の最小化なども加えて徹底的に排出削減を行い、それでも残ってしまう CO2を CCS や CCUで処理するという構図になりなす。それぞれの対策のポテンシャルとコストは下記の図の通りです。

図SPM.7の産業部門の抜粋(出典:RITE IPCC シンポジウム (2022年5月19日)のJim Skea講演資料)

運輸

つぎが運輸部門です。ヘッドラインはつぎの通りですが、よくまとまっていると思います。

C.8 需要側のオプションと低 GHG 排出技術は、先進国における運輸部門の排出量を削減し、開発途上国における排出量増加を抑制しうる確信度が高い)。需要に焦点を当てた介入策はすべての運輸サービスに対する需要を削減し、よりエネルギー効率の高い輸送方式への移行を支援しうる(確信度が中程度)。低排出量の電力を動力源とする電気自動車は、陸上輸送について、ライフサイクルベースで最大の脱炭素化ポテンシャルを提供しうる(確信度が高い)。持続可能なバイオ燃料は、陸上輸送において、短期・中期的にさらなる緩和効果をもたらしうる(確信度が中程度)。持続可能なバイオ燃料、低排出の水素とその誘導体(合成燃料を含む)は、海上輸送、航空輸送、及び重量物の陸上輸送由来の CO2排出の緩和を支援しうるが、生産プロセスの改善とコスト削減を必要とする(確信度が中程度)。運輸部門における多くの緩和戦略は、大気質の改善、健康上の便益、交通サービスへの衡平なアクセス、渋滞の緩和、材料需要の削減など、様々な共便益(コベネフィット)をもたらすだろう(確信度が高い)。

 「産業部門」のところで、排出削減できずに残ってしまう CO2があると述べたのですが、運輸部門も同様で、(>50 % の確率で)温暖化を 1.5 ℃ に抑制するシナリオや(>67 % の確率で)温暖化を 2 ℃ に抑制するシナリオともに、CO2 排出量は 2100 年までにゼロにならない可能性が高く、運輸部門からの残留 CO2排出量を相殺するためにネガティブエミッションが必要と思われる、との記述が C8.1にあります。

 最初にある「需要側のオプション」としては、つぎの様なものがあります。

  • 高密度化、土地利用構成の変化、コネクティビティ・アクセシビリティ向上など都市形態を変化させる
  • 交通料金設定など、消費者行動の変化を促すプログラムを実行
  • 都市内・外の公共交通と自力輸送(アクティブ・トランスポート)インフラ(例:自転車・歩行者用経路)への投資を増やす
  • テレワーク、デジタル化、脱物質化、サプライチェーン・マネジメント、スマート・シェアモビリティなどのシステム的な変化をもたらす手法を推進する

 また、つぎの低 GHG 技術として、まず上げられるのが「電動化」ですね。ただし、電動化する際の電源が問題です。電源が化石燃料主体から再生可能エネルギーや原子力などのゼロエミッション電源に移行することが前提です。SPM では「低排出量の電力」となっています。内燃機関の効率向上は排出削減に繋がりますが、単に電動化しただけでは排出削減効果はありません。あくまでも、ゼロエミッション電力や低排出電力とのセットです。セットで考えると、つぎにはゼロエミッション電力や低排出電力が十分な量あるのだろうかという問題が浮上してくるはずです。ゼロエミッション=電動化と短絡的に考えるのは危険だと思います。つぎに、「電動化」は「電池技術の進歩」のたまものです。一方、電池に必要な重要鉱物が供給不足となるという問題も起こっています。材料と供給の多様化戦略、エネルギーと材料の効率化、および循環型材料フローによって、電池生産における環境フットプリントと材料供給リスクを低減していくことが重要です。陸上輸送については、電動化以外では持続可能なバイオ燃料もコスト削減が必要ですが、効果があります。

 海上輸送航空輸送の場合には簡単に電動化とはいきません。海上輸送の場合には運航時間が長いので蓄電池の容量が問題になりますし、航空機の場合は蓄電池の重要と容量が問題となります。そこで出てくるのが低排出量の燃料である「持続可能なバイオ燃料」や「低排出の水素とその誘導体(アンモニア、合成燃料を含む)」です。なお、短距離の場合には電化も海上輸送や航空輸送の選択肢の一つに入ります。

 それぞれの対策のポテンシャルとコストは下記の図の通りです。項目が細分化されているためか、特に大きなポテンシャルを持つものは見受けられません。

図SPM.7の運輸部門の抜粋(出典:RITE IPCC シンポジウム (2022年5月19日)のJim Skea講演資料
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