IPCC第6次評価報告書 第3作業部会報告書を読む(2)

 第1回では現状の GHG 排出の状況について見ていきましたが、今回は、現在実施中の GHG 排出削減がパリ協定で定められた2℃、1.5 ℃という気温目標に対して、十分か否かについて考えます。SPM の B6 を中心に、報告書本文も交えて説明していきたいと思います。

IPCC のモデル排出経路

 まず、下の図 SPM.4a から始めましょう。

図SPM.4a モデル経路による世界全体の GHG 排出量
(出典:経産省「IPCC/AR6/WG3報告書の政策決定者向け要約(SPM)の概要」)

 この図のタイトルは「モデル経路による世界全体の GHG 排出量」となっています。この、「モデル経路」は原文では “modelled pathways” です。つまり「モデル化された経路」ですね。凡例を見ると、図の赤、紺、緑、そして青の線はそれぞれ異なる「モデル化された経路」の GHG 排出量の軌道を表しているようです。ではこの「モデル化された経路」とはなんでしょうか? そして、この排出量の軌道はどのように求められているのでしょうか?

 「モデル経路」についての説明は実はこの SPM.B の中にはありません。つぎの SPM.C の「ボックス SPM.1 モデル化された世界の排出シナリオの評価」がその解説になっています。そこには、つぎの様に書かれています。ボックスの冒頭部分です。

 本報告書では、文献から得られた幅広くモデル化された世界全体の排出経路・シナリオを評価しており、これらには緩和を伴うものと緩和を伴わないものがある 。排出経路・シナリオは、将来の社会経済条件と関連する緩和策に関して内部的に一貫した一連の仮定を置き、これに基づいて GHG 排出量の推移を予測するものである。これらは定量的な予測(projections)であり、predeictions でも forcasts でもない。モデル化された世界の排出シナリオの約半数は、世界全体で最もコストが低い排出削減オプションに基づく費用対効果の高いアプローチを想定している。残りの半分は、既存の政策と地域的・部門的に特化した対策に注目したものである。ほとんどの場合、地球規模の衡平性、環境正義、地域内の所得分配について明確な想定はしていない。費用対効果の高いアプローチを含む世界全体の排出経路は、地域ごとに異なる仮定と結果を含んでおり、これらの仮定を慎重に認識した上で評価されなければならない。(筆者訳、太線筆者)

 この様に、IPCC 報告書では文献に現れた「モデル化された世界全体の排出経路・シナリオ」を評価しています。報告書の第 3 章によれば「シナリオ」とは「人間-環境システムにおいて起こりうる将来像を統合的に記述したもの」であり、また「排出経路」とは「人為的排出量のモデル化された軌道であり、したがって、シナリオの一部である」となっています。つまり図 SPM4a に描かれているひとつの線は、排出削減量の経時的な軌道を表す「排出経路」のひとつであり、これを書くためにはこういう風に削減していこうということが記述された「シナリオ」が存在しているわけです。上の引用の様にシナリオは「将来の社会経済条件と関連する緩和策に関して内部的に一貫した一連の仮定を置く」ことで作られ、通常、人口、GDP、技術、ライフスタイル、政策などの主要な推進要因(driving factors)の変化をもたらす相互作用やプロセス、およびそれらのエネルギー消費、土地利用、排出量への影響についてのデータが取り込まれます。そして、定性的な「シナリオ」から、GHG 排出量の推移を予測する定量的な「排出経路」を作るために使用されるのが「モデル」ということになるわけです。

 さて、つぎはどんな「モデル」が用いられているのかです。よく使われているのが「統合評価モデル(IAM)」です。これは文字通り、経済・エネルギー・気候変動などを統合的に評価するためのモデルです。気候変動を抑制するには GHG 排出量の削減が必要ですが、それには社会・経済・エネルギー・技術などさまざな要素が絡み合いますから、いかに排出削減すべきか戦略を立てる時にはそれらの要素を考慮し、総合的に考えていく必要があるのです。IAM にはさまざまなものがあります。私が以前に所属していた「地球環境産業技術研究機構 (RITE)」 の統合評価モデル DNE21https://www.rite.or.jp/system/research/new-earth/dne21-model-outline/)を例にあげると、このプログラムは 「マクロ経済モデル」「エネルギーモデル」「気候変動モデル」の 3 つのモデルを持ち、これらが相互にリンクしています。これによって、例えば、ある量の排出削減をしようとするとき、どういう部門・技術の組み合わせでやればコストが最小になるのか、その時のコストはいくらぐらいかが算出できます。世界は 10 地域に分割されており、世界全体、あるいは地域毎に取り扱うことができます。

 1.5 ℃とか 2 ℃とかの気候目標を達成するための様々な戦略を検討するために用いるシナリオが「緩和シナリオ」です。そして、緩和シナリオを基に、「モデル」を用いて目標とする気温を達成するための排出量削減(緩和)の軌道である排出経路(つまり緩和経路)を算出しているのです。これが図 SPM.4a の紺、緑、そして青の線です。

 ボックス SPM.1 には、わざわざ「これらは定量的な予測(projections)であり、predeictions でも forcasts でもない。」と書いています。この文章、英語の使い方が分からないと意味不明ですね。IPCC ではこれらの用語を次の様に整理しています。

  • 予測(projections)モデルから得られた将来の気候の推定値を指す
  • predeictions と forcastsprojections のうち可能性がもっとも高い(most likely)場合は predictions や forcasts になる

 つまり、報告書で取り扱っているのはある前提条件のもとモデルによって計算された予測(projections)なのです。したがって、前提条件が変わると結果が違ったものになるし、複雑なシステムはコンピューターで解くことができないので、かなり省略・単純化せねばならず、そうなると現実とは異なる結果になる可能性もあるのです。このことを十分に頭に入れておく必要があります。

排出経路の 8 つのカテゴリー

 さて、ボックス SPM.1 の後半には、文献から集めた排出経路の 8 つのカテゴリー分けについて、つぎの様に書かれています。

 シナリオのカテゴリーは、(ピーク時と 2100 年時点において)複数の地球温暖化のレベル(訳注:1.5、2、3、4℃)を超える可能性(likelihood=確率)によって定義されており、本報告書では以下のように表記した。

カテゴリー C1は、2100 年時点における温暖化を 50 % 以上の確率で 1.5 ℃に抑え、21 世紀中67 % 以下の確率で 1.5 ℃の温暖化に達するかそれを超えるモデルシナリオで構成されている。本報告書では、これらのシナリオを、「オーバーシュートしない又は限られたオーバーシュートを伴って、(確率>50 % で)温暖化を 1.5 ℃ に抑えるシナリオ」と呼ぶことにする。限られたオーバーシュートとは、1.5 ℃ の温暖化を最大で約 0.1 ℃、最大で数十年間超過することを指す

カテゴリー C2 は、2100 年時点における温暖化を 50 % 以上の確率で 1.5 ℃ に抑え、21 世紀中67 % 以上の確率で温暖化が 1.5 ℃ を超えるモデルシナリオで構成されている。本報告書では、これらのシナリオを、「高いオーバーシュート後に温暖化を(確率>50 %で)1.5 ℃ に戻すシナリオ」と呼ぶ。 高オーバーシュートとは、一時的に温暖化 1.5 ℃ を 0.1 ~ 0.3 ℃ 程度、最大で数十年間超過することである

カテゴリー C3は、21 世紀を通じてピーク時の温暖化を 2 ℃ に抑える、確率が 67 % 以上のモデルシナリオで構成される。本報告書ではまた、これらのシナリオを「温暖化を(確率>67 %で)2 ℃ に抑えるシナリオ」と呼ぶ。

カテゴリー C4 ~ C7 は、21 世紀を通じて温暖化をそれぞれ 2 ℃、2.5 ℃、3 ℃、4 ℃に抑えるモデルシナリオで、その確率は 50 %以上である。C4 のいくつかのシナリオと C5 ~ C7 の多くのシナリオでは、温暖化が 21 世紀以降も継続する。

カテゴリー C8 は、21 世紀中 4 ℃ の温暖化を 50 % 以上の確率で超えるモデル化されたシナリオからなる。これらのシナリオでは、21 世紀以降も温暖化が進行する。

 モデル化されたシナリオのカテゴリーはそれぞれに異なっており、重なり合うことはない。例えば、温暖化を (確率 > 67 %で)2 ℃ に抑える C3 シナリオは、温暖化を(確率>50%で) 1.5 ℃ に抑える又は戻す C1 及び C2 シナリオを含んでいない。本報告書では、C1 ~ C3 のカテゴリーに属するシナリオを、(確率>67%で)温暖化を 2℃以下に抑えるシナリオと呼ぶことにする。 (筆者訳、太線筆者)

 緩和シナリオ・経路は 8 つに分類されていますが、その分類の判断基準は 2100 年時点で気温がどのくらいの確率で何℃上昇しているか、また、21 世紀中に気温がピークを持つ場合にはピーク時にどのくらいの確率で何℃上昇しているかの 2 点です。そして、この温暖化(=気温上昇)のレベルとしては、1.5、2、2.5、3、4 ℃ の 5 つあるわけですね。

 ここででてくる確率についてちょっと説明しておきましょう。GHG がどのくらい増えると気温がどの程度上昇するのか? この排出量に対する気候の応答には不確実性が伴います。すでに、連載講座「海ーエネルギーと環境」の第2章海洋と気候変動 2.6 温暖化の予測と海洋の変化で述べたように、気候システムにおける気温上昇の予測は、気候モデル(climate model)を用いたコンピュータ・シミュレーションで行われていますが、その予測値は絶対こうなるというものでは無く、確率込みの値となっています。気候モデルは解くのにとても時間がかかるため、WG3 では、気候モデルを単純化したプログラムである「確率論的エミュレータ」を用いて、さまざまな緩和モデルの GHG 排出量の軌道を確率込みの気温の軌道に変換し、これをもとに上記のカテゴリー分類作業をしています。このエミュレータは最新の気候モデルに基づく WG1 の気候応答の結果をもとに較正されていますので、気候モデルを用いた予測とそんなにずれはありません。閾値となる気温の確率としては、IPCC では 67 % 以上と 50 % 以上がよく使われます。当然のことながら、この確率が大きいほど、目標気温レベルに到達するにはより厳しい排出削減が必要になってきます。

 緩和シナリオ・経路のカテゴリー分けは、集めたシナリオ・経路をエミュレータにかけ、気温上昇の軌道を求めたうえで、下表の左側に示した基準に従って行われています。

表 Table3.1抜粋(左)とTable SPM.1抜粋(右)

 この表の左側のカテゴリー分類の基準は第 3 章の Table 3.1 から採っています。一方、右側はカテゴリー分けされたそれぞれの緩和シナリオが持つ特徴を列挙しており、これは Table SPM.1 からの抜粋になります。

 表左を見ると、21 世紀中のピーク気温上昇値とその確率はすべてのカテゴリーで分類基準として用いられていますが、2100 年時点の気温上昇とその確率が決められているのは C1 と C2 の2つだけです。そして、この2つのカテゴリーには「1.5℃をオーバーシュート」するシナリオが集められているのです。

「オーバーシュート」は文字通り、気温上昇を目標範囲内に抑えきれずに、目標値からはみ出してしまうという意味です。カテゴリー C1 を見てみましょう。21 世紀中のピーク温度が 1.5 ℃ より小さい確率が ≧33 % となっていますから、 1.5 ℃に抑制されることもありますが、1.5 ℃ を超えてしまう可能性が高いということになります。一方、 2100 年の気温上昇が 1.5 ℃ より小さい確率が >50 % ですから、2100 年には 1.5 ℃ 以下に抑えられる可能性が高い、ということは、2100 年以前に気温の山がある(つまりオーバーシュートしている)ことになります。ですから、カテゴリーの説明文は「オーバーシュートしない又は限られたオーバーシュートを伴って、(確率>50 %で)温暖化を 1.5 ℃ に抑えるシナリオ」となるのです。つぎのカテゴリー C2 はどうかというと、2100 年に 1.5 ℃ に抑える確率は同じ >50 % ですが、ピーク時に 1.5 ℃ に抑える確率は <33 % まで低下していて、オーバシュートの可能性が C1 よりずっと大きく(つまり高いオーバシュートに)なっています。ということで、カテゴリーの説明文は「高いオーバーシュート後に温暖化を(確率>50 % で)1.5 ℃ に戻すシナリオ」となるのです。

 つぎの C3 以降はピーク気温が目標値内におさまるかのみに焦点が当たり、2100 年の気温は関係なくなります。C3 と C4 は目標温度が 2 ℃ のケースです。他のカテゴリーの確率は >50%ですが、C3 だけ確率が >67%。そのため、「高い可能性で」という言葉が追加されています。そして、C4 ~ C7 は温暖化を目標温度(それぞれ2、2.5、3、4℃)内に抑えるシナリオとなり、C84 ℃ を超える場合のシナリオになっています。カテゴリー別の気温上昇値の軌道を整理した図が Box SPM. Figure 1です。ちょっと分かりにくいですね。

Box SPM. Figure 1 (IPCC AR6 WG3 report SPM)

 

カテゴリー別の緩和シナリオの特徴

 つぎに各カテゴリーの排出量がどのような軌道になっているか見ていきましょう。最初の図 SPM.4a には、カテゴリーC1、C2、C3 の軌道が描かれていますが、時間軸が 2050 年までしかありません。さきほどの表の右側にある緩和シナリオの特徴や他の情報も加えて下記に整理してみました。

  • カテゴリー C1: 図 SPM.4a の青の線のように、世界全体の正味のGHG排出量のピークは 2020~ 2025 年の間にあり、そこから 2030 年にむけて大幅に排出量を削減させます。2019 年比の削減率は、2030 年までに 43 %[34 ~ 60 %]、2050 年までに 84 %[73 ~ 9 8%]になります。このあと、2050 年代前半に CO2 排出量が正味ゼロ(ネットゼロ CO2)に 達し(ネットゼロまでの累積 CO2 排出量は 510[330-710]GtCO2)、これらの経路の多くはその後も正味負の CO2排出を続けます。また、GHG 排出量のネットゼロは 2095 ~ 2100 年の間になります。
  • カテゴリー C2: 図 SPM.4a の紫の線のように、世界全体の正味のGHG排出量のピークは 2020~ 2025 年の間にありますが、そこから2030年に向けての排出量の削減はとてもゆるやかで、2019 年比の削減率は 2030 年に 23 %[0-44 %]です。その後、急激に削減させ、2050 年までに 75 %[62-91 %]とします。このあと 2050 年代後半に CO2 排出量が正味ゼロ(ネットゼロ CO2) に 達し(ネットゼロまでの累積 CO2 排出量は 720 [530-930] GtCO2)、これらの経路の多くはその後も正味負の CO2排出を続けます。また、GHG 排出量のネットゼロは C1 より早く、2070 ~ 2085 年の間になります。
  • カテゴリー C3: 図 SPM.4a の緑の線のように、世界全体の正味のGHG排出量のピークは 2020~ 2025 年の間にあり、そこから 2030 年にむけて 排出量を削減させます。2019 年比の削減率は2030 年までに 21 %[1-42 %]、2050 年までに 64 %[53-77 %]となります。図 SPM.4a の緑の線は即時行動をとる場合で、2030 年までの削減率が 27 % と大きなケースです。このあと、多くは 2070 年代前半にCO2 排出量正味ゼロ(ネットゼロ CO2) に 達します(ネットゼロまでの累積 CO2 排出量は 890 [640-1160] GtCO2)が、ネットゼロにならない経路も 7 % 存在します。また、経路の多くは CO2ネットゼロ後も、正味負の CO2排出を続けます。GHGに関しては、排出量がネットゼロとならない経路が全体の 70% を占めています。
  • カテゴリー C4世界全体の正味のGHG排出量のピークは 2020~ 2025 年の間にあり、そこから 2030 年にむけて 排出量を削減させます。2019 年比の削減率は2030年までに 10 %[0-23%]、2050 年までに 49 %[35-63 %]となります。このあと、多くは 2070 年代後半に CO2 排出量正味ゼロ(ネットゼロ CO2) に 達します(ネットゼロまでの累積 CO2 排出量は 1210 [970-1490] GtCO2)が、ネットゼロにならない経路の数が 14 % と C3 より増えています。また、経路の多くは CO2ネットゼロ後も、正味負の CO2排出を続けます。GHG に関しては、排出量がネットゼロとならない経路が全体の 69 % を占めています。
  • カテゴリー C5世界全体の正味のGHG排出量のピークは 2020~ 2025 年の間にあり、そこから 2030 年にむけて 排出量を削減させます。2019 年比の削減率は2030年までに 6 %[-1-18%]、2050 年までに 29 %[11-48 %]となります。今世紀中には CO2 ネットゼロにならず、CO2 ネットゼロにならない経路数が6割を占め、これらの経路では気温は上昇し続けます。GHG に関しては、排出量がネットゼロとならない経路が全体の 89 % を占めています。
  • カテゴリー C6 ~ C8:世界全体の正味の GHG 排出量は 2030 年、2050 年ともに 2019 年と同程度(C6)か増加し(C7・C8)、CO2ネットゼロにならないので、気温は上昇し続けます。 GHG ももちろんネットゼロにはなりません。

 累積 CO2排出量と気温上昇との間にはほぼ比例関係が認められています。このため、気温上昇をストップさせるには、GHG ではなくて、CO2の排出量をストップさせる、つまり CO2ネットゼロにする必要があります。このことは講座の中でも述べていますし、より詳しくは電気新聞ゼミナールを参照ください。CO2 ネットゼロにならない経路は、温暖化を止めることにはなりません。

 カテゴリーは 8 つありますが、最初の図 SPM.4a は COP での交渉を念頭に置いているので、パリ協定に関係する 2 ℃、1.5 ℃ の気温目標だけが取り出されています。つまり、カテゴリー C1「オーバーシュートしない又は限られたオーバーシュートを伴って、(確率>50 %で)温暖化を 1.5 ℃ に抑えるシナリオ」カテゴリー C2「高いオーバーシュート後に温暖化を(確率>50 % で)1.5 ℃ に戻すシナリオ」、そしてカテゴリー C3「温暖化を(確率>67 %で)2 ℃ に抑えるシナリオ」の 3 つ、つまり「(確率 >67 %で)温暖化を 2 ℃以下に抑えるシナリオ」です。

目標と現状の間のギャップ

 では、図 SPM.4a に戻って、パリ協定の目標と現状の対策との間のギャップについて考えます。図 SPM.4a には「過去」と「現状」、さらに「現状から予測した将来」の情報が加えられています。まず「過去」の排出量の情報ですが、 2010 ~ 2015 年の GHG 排出量が黒の実線で示されています。つぎに「現在」の情報としては、 2015 年と 2019 年の世界の GHG 排出量の中央値と不確実性範囲が黒い縦棒で書き込まれています。そして、「現状にから予測される将来」が赤い線で「実施された政策によるトレンド」です。これは 2020 年末までに実施された政策に沿って短期的な GHG 排出量を予測し、同じ野心度で 2030 年以降も拡張した経路です。どうですか?「実施された政策によるトレンド」の軌道はカテゴリー C1 ~ C3 の軌道のはるか上にあります。このままではパリ協定の 2 ℃や 1.5 ℃ の目標を達成できそうにありません。どこかで軌道の大幅変更が必要です。さらに問題なのは 2015 年と 2019 年の世界の GHG 排出量の中央値です。これはカテゴリー C1 ~ C3 の軌道の不確実性範囲の上限あたりのところに来ているばかりか、「実施された政策によるトレンド」の軌道よりも高くなっています。もはや、カテゴリー C1 の 1.5 ℃ の軌道に載せるのは困難であるばかりか、高い可能性で 2 ℃ に抑えるカテゴリー C3 すら難しそうですね。

 SPMにはどう書かれているかというと、下記が B6 のヘッドラインの文章です。

B.6  COP26 より前に発表された国が決定する貢献(NDCs)の実施に関連する 2030 年の世界全体の GHG 排出量では、21 世紀中に温暖化が 1.5 ℃を超える可能性が高い見込みである。したがって、温暖化を 2 ℃ より低く抑える可能性を高くするためには、2030 年以降の急速な緩和努力の加速に頼ることになるだろう。2020 年末までに実施された政策の結果、NDCs の実施によって示唆される世界全体の GHG 排出量よりも高い GHG 排出量になると予測される。(確信度が高い)

出典:経産省「IPCC/AR6/WG3報告書の政策決定者向け要約(SPM)の概要

 ここにある NDC とは何かについては、すでに講座のパリ協定のところで述べていますのでそちらをごらん下さい。現状の排出量および現状の NDC のレベルではもはや 1.5 ℃ に抑えるのは無理で、なんとか 2 ℃ へ持っていきたいが、そのためには、2030 年以降に加速的な排出削減を行う必要があると述べています。この文章は技術要約(TS) の Figure TS.9 にある「2030 年までは NDC に沿い、2030 年以降急速に排出削減を行って温暖化を確率 >67 % で 2 ℃ に抑える経路(紫の線)をイメージしています。

Figure TS.9 を元にした図(出所:RITE IPCCシンポジウム「IPCC第6次評価報告書から気候変動緩和策の最新知見を学ぶ」(2022年5月19日開催))

しかし、2030年以降、一気に排出量を大幅削減するのはとても困難なことだと予想されます。ともかく、早く行動を起こすべきでしょう。そして、即時行動を起こす場合の緑の線の方向に持っていかなければなりません。では何をしなければならないのか? これについては次回「IPCC第 6 次評価報告書 第 3 作業部会報告書を読む(3)」で述べたいと思います。

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