死の谷を越えるヒント
IRENA の “INNOVATION OUTLOOK OCEAN ENERGY TECHNOLOGIES” (2020) に「死の谷」を越えるヒントが書かれていますので、ここで紹介しましょう。
海洋は世界経済において重要な役割を担っており、その価値は年間 3 ~ 6 兆米ドル(UN, 2017)と推定され、今後も大きく成長することが予想されている。このため、海洋資源の持続可能な利用による海域産業分野の経済成長に焦点を当てた用語である「ブルーエコノミー」への注目が高まっている。海洋エネルギーの経済性を高め、さらなる収益源を持つ新たなビジネスモデルへと推進するために重要となり得る新たな市場経路が出現している。他の市場との相乗効果を活用するそのようなモデルは、海洋エネルギーが商業化レベルに達し、より広い展開を可能にするのを助けることができる。
IRENA “INNOVATION OUTLOOK OCEAN ENERGY TECHNOLOGIES” (2020) 第4章 筆者訳、太字も筆者
つまり、海洋エネルギー単独ではなく、他のいろいろなものと結合させることによって、市場性・収益性を向上させようというのです。そればかりでなく、エネルギーシステムの信頼性を高めることにも貢献できます。では、もう少し具体的に検討してみましょう。つぎの 3 つのケースが挙げられています(図総括 2-1)。
- 他の再生可能エネルギー源と結合して、うまく補完し合うハイブリッド発電システムを作る
- 海洋産業の電力供給に利用し、相乗効果を得る
- 島で発電を行うことで多くの利益をもたらす
ハイブリッド発電システム
最初の「他の再生可能エネルギーとの複合化「です。
海洋エネルギーは、必ずしも独立した電力源としてみなされるべきではなく、同じ場所にある他の再生可能エネルギー源との相互作用の能力によって評価されるべきである。海洋エネルギー技術は、システム全体の予測性と信頼性を高め、グリッド(系統)のバランスを取るために、(特にエネルギー貯蔵と組み合わせた場合にも)他の再生可能エネルギーと調和して開発されなければならず、その逆もまた然りである。
IRENA “INNOVATION OUTLOOK OCEAN ENERGY TECHNOLOGIES” (2020) 第4章 筆者訳、太字も筆者
いま、世界中で洋上風力の開発が進んでいますが、風が吹かない時は発電できません。これに波力発電を組み合わせると、二つが補完し合ってより安定した発電を行うことができます。波は風によって作られるので、風力資源と波力資源は同じ場所に現れることが多いのですが、常に同じ強さとは限りません。時間のずれがあることと、波は往復運動なので風より長く運動を続けています。アイルランドのある場所の最近の評価では、2 週間にわたる風と波のプロファイルを分析し、波と風の資源曲線が互いをよく補完していることを発見したそうです。
複合化は複数の技術を 1 つの装置に統合することも可能です。この場合、たとえば浮体式なら、プラットフォームや海底ケーブル、グリッド(系統)への接続などのインフラや設置工事を共有することができ、コストが削減できます。さらに、蓄電、電解による水素製造などと結合させることも可能です。このような複合化プロジェクトの例を図 総括 2-2 に示します。
ブルーエコノミーとの結合
「ブルーエコノミー」とは、前述のように「海を守りながら経済や社会全体をサステナブルに発展させることを前提とした海洋産業」のことで、海洋産業には漁業や養殖業などの水産業、海運、造船、海洋観光などが含まれます。これらは単独で機能することもあれば、互いに結合されることもあります。将来的には、水素電解装置や太陽光・風力・海洋エネルギー発電と組み合わせて、これらの多くの分野を含む「多目的プラットフォーム」が一般的になるかもしれないという予測もあります。
「ブルーエコノミーと海洋エネルギーの結合」としては、多数の組み合わせが考えられますが、代表的なものをつぎに挙げておきます。複合化することで、収益性が向上するとともに、市場が広がります。日本でも OTEC の複合化が検討されています。
- 海洋エネルギーを港湾の近くに配備し、船舶や港湾内の活動に「グリーン電力」を供給する
- 「洋上充電ステーション」で、バッテリー駆動の船舶へ洋上でエネルギーを供給する
- 船舶の動力源として最適な「グリーン水素」の製造に利用する
- ディーゼルやその他の化石燃料に大きく依存している「浮体式養殖システム」にエネルギーを供給する
- OTEC で電力供給するとともに、栄養分が含まれている廃冷水を養殖に使用する。さらに「海洋深層水」をさまざまな用途に利用する
- 海洋エネルギーを用いて「海洋淡水化プラント」を動かす
- OTEC で使用した海水を「冷房設備」に再利用する
海洋エネルギーを利用した島作り
3 番目の「島との結合」ですが、報告書にはつぎのように書かれています。
海洋エネルギーの商業展開を加速させるもう一つの経路は、海洋エネルギー技術を実証し信頼を築くために他の市場に進出することである。島や遠隔地の沿岸地域はそのような市場となる。なぜなら、従来の市場よりも参入障壁が小さく、理想的な地理的前提条件を備えており、…(略)… 革新的ビジネスモデルやハイブリッド再生可能発電システムから恩恵を受けることができるからである。
IRENA “INNOVATION OUTLOOK OCEAN ENERGY TECHNOLOGIES” (2020) 第4章 筆者訳、太字も筆者
島と海洋エネルギーはとても相性がいいのです。図 総括 2-3 は、島と海洋エネルギーの主な特徴を示していますが、適切なグリッド(系統)に接続すれば、島と海洋エネルギー市場・産業の双方にとって、利益を引き出すことが可能です。
生じる利点は、エネルギーコスト、ブルーエコノミー、脱炭素化、エネルギーアクセス / セキュリティの 4 つに分類されています(図 総括 2-4)。
離島では石油精製品を遠距離から輸送する必要があり、電力コストは他の地域よりも高くなりがちです。海洋エネルギーの導入が進み、コストが下がれば、島々に安価なエネルギーを迅速に提供することができます。また、海洋エネルギーは一度導入すれば、燃料を必要としないため、運用コストがほとんどかかりません。そのため、急激な燃料費の高騰を避けることができ、石油価格の変動に強い地域社会を実現することができます。
海水淡水化や冷房は、海洋エネルギーと組み合わせることで、さらなる効果を発揮することができます。また、漁業や養殖業は地域経済の主要な柱であることが多く、人口の大部分が直接的または間接的にそれに依存しています。海洋エネルギーは、こうした産業に必要な電力を供給できるだけでなく、ディーゼル油などに代わるカーボンフリーのエネルギー源として、気候変動を緩和する役割を果たすことができます。また、安定した電力を提供できる海洋エネルギーは、太陽光発電や風力発電などの変動再生可能エネルギー補完する手段にもなります。
複合化は救世主?
以上の様に(報告書にはもっとたくさんの事が書かれています)、複合化は大きなメリットがあります。「海洋エネルギー」はこれからカーボンニュートラルに向けて、導入量を増大させようとしている太陽光や陸上風力や洋上風力に比べればマイナーですので、はじめから大量のエネルギー供給を目指すのは無理があります。「離島での利用」「海洋産業との複合化」「他の再生可能エネルギーの補完」を狙って、地域から進めて行くのが良いのではないかと思います。洋上風力にもいろいろな課題がありますから、それ一辺倒ではうまくいかない場合も考えられます。日本中どこも同じ開発をするのではなく、それぞれの地域が主体となって、その場所に適した複数のエネルギー源を選んで、脱炭素化を進めていくのが最良だと考えています。なお、海域鉱物資源はエネルギーとは少し事情が異なります。深海底から固体の鉱物を取り出すのは本当に手間のかかる仕事だと思います。その労力に見合った「価値の高い資源」に的を絞る必要があるでしょう。
(更新:2022/11/13)